【北海道自転車旅行】2日目 札幌⇒留萌 その2(滝川⇒留萌)

(2) 滝川⇒留萌

14:23 新十津川町


 石狩川を渡り、新十津川町へ。ここから北竜町碧水までは、国道275号線を走る。1972(昭和47)年に廃止された札沼線の末端区間(新十津川~石狩沼田間)とほぼ並行するルートである。
 鉄道旅行では行きにくい場所に行くことができる。これが自転車旅行の最大の魅力だと私は思っている。
 
14:52 雨竜町


 人家がほとんどなく広大な農地が広がる、それでいて交通量は結構多い道を進んでいくと、雨竜町に入る。

15:04 雨竜市街


 久々に、ある程度のまとまった市街地が現れる。さして交通が便利というわけでもなく、何もない場所に忽然と市街地が現れるのは謎である。なぜこの場所に市街地が形成されたのだろう?

15:21 石狩追分付近


15:33 「碧水9km 沼田17km 留萌40km」


 ついに今日のゴール、留萌までの距離表示が現れる。順調に進めば、18時半には到着できるだろう。

15:42 北竜町


 日本最大のヒマワリの栽培地とあって、ヒマワリの絵が描かれている。

15:46 北竜市街(和【やわら】地区)


 道端にもヒマワリが植えられており、「ひまわりの町」をこれでもかとアピールしてくる。
 市街地にある和郵便局で、本日の郵便局めぐりは打ち止めとする。ここから4kmほど進んだところに碧水郵便局があるが、あと10分では、どんなに頑張っても到着は無理である。


▲和郵便局。ここにもヒマワリの絵が……


▲道端に植えられたヒマワリ。

16:01 ひまわり畑を望みながら……


16:11 北竜町碧水


 国道275号線の旅はここまで。左折して国道233号線に入り、一路、留萌へと向かう。郵便局も閉まってしまったので、後はもう、ひたすら走るだけだ。


▲留萌まであと32km

 が、さすがに疲れが出てきた。
 ここから先、留萌に向かうには美葉牛(びばうし)峠を越えなければならない。標高102mと大したことないとはいえ、疲労が蓄積した足でダラダラと続く上り坂を進むのはしんどい。おまけに、向かい風が強くなってくる。空も何だか曇ってきて、夕暮れ時特有の物悲しさをかもし出してくる。
 ひと休みし、昨日すすきので買った食糧の残りを食す。ついでに、幌向の郵便局で貰ったサッポロポテトも開けてしまった。燃料を補給したところで、気合いを入れて峠に挑む。

16:31 農村地帯が続く


16:47 深川留萌道・北竜ひまわりインター付近


 車が無料開放されている高速道路に流れているのか、交通量は少ない。

16:54 美葉牛峠


 実際に着いてしまうと、思ったよりもあっさりとした峠越えだった。峠というよりも、少し長めの坂道といった感じ。
 ともあれ、本日最大の難関は突破した。あとは留萌まで、坂道を下っていくだけだ。

17:04 


 「留萌国道」と書かれた木製の看板が立つ。

17:22 幌糠駅付近


 留萌市街まであと14km。
 それにしても、本当に車の通りが少ない。この時間になってくると、若干心細さを覚えてくる。

17:41 藤山駅付近


 ガラガラの道。留萌市街まであと9km。

17:57 留萌大和田インター付近


 高速道路が通じているのはここまでで、高速から下りてきた車で若干交通量は増える。
 大和田を過ぎると、徐々に留萌の市街地に入っていく。

18:15 留萌市街


 森の中を抜け、留萌市街へと入っていく。既に辺りはだいぶ暗くなってしまったが、ゴールに向けてラストスパートを駆ける。

18:20 留萌駅前


 目標どおり日が暮れる前に、無事に留萌駅前に到着。

          ◆

 留萌駅は2階建ての大きな駅舎で、かつては地域の拠点駅として賑わったのだろう。しかし今、その駅は、構内も待合室も静まり返っている。この駅から分岐していた羽幌線は廃止されて久しく、今や駅は、1日に数本の普通列車が1~2両でやってくるだけの寂しい駅になってしまっている。待合室には人影もなく、蛍光灯が人気のない構内をただ照らすだけである。
 留萌本線の末端、留萌~増毛間は、今年(2016年)の12月4日限りで廃止されることが決定している。JR北海道の厳しい経営が伝えられる中、残る深川~留萌間についても、早晩廃止が議論されるのではないかとの噂が絶えない(注:10月26日付の北海道新聞にて、JRが深川~留萌間の廃止を検討しているとの報道がなされている)。いったいJRはどこまで路線を廃止する気なのか。広大な営業エリアと希薄な人口、そして著しい車の普及――鉄道の存続にとってマイナスとなる要素は山ほどあるが、しかし、国土の基軸とも言うべき鉄道を、儲からないからといって安易に廃止していいのか。そして、鉄道が国土の基軸であるとの観点に立てば、その維持については本来、国が責任を持つべきではなかったのか。北海道のような収益の見込めない地域の鉄道運行を一民間企業に委ねてしまった国鉄改革そのものに、無理があったとはいえないか。そもそも巨費を投じて深川留萌道を開通させ無料開放までしているのに、並行する鉄道は儲からないから廃止、というのは矛盾していないか。
 無論、これは単なる一鉄道ファンの戯言である。だが――
 間違いなく言えること、それは、「鉄道がなくなって、町が発展した例はない」ということである。国境地帯の要衝である稚内や根室と比べれば、留萌がさほど重要な都市とは思われない。留萌線が全廃されれば、ただでさえ衰退が進んでいる留萌に対して更なる追い討ちをかける結果となることは目に見えている。
 何か、明るい材料はないのか。何か……。

 ただ最近、留萌を明るくしようとする試みが、ちょっと違った方面から出てきている、ようにも思われる。
 留萌駅の2階に、「FMもえる」というコミュニティFM局が入居している。駅舎を正面から眺めると嫌でも目立つ、ピンク色の窓、そしてポップ調の書体。
 「萌える」を意識していることは、一目瞭然だった。そして、駅前にあるお土産屋さんは、その名もズバリ「萌」(もえ)である。
 そして、それ以上にぶっ飛んでいるのが、留萌管内で路線バスを運行する「沿岸バス」だった。
 何しろ、公式ホームページはキャラクターだらけ、「萌えっ子フリーきっぷ」(一般路線バスがほぼ全線乗り放題で1日2370円。留萌~幌延間を単純に乗り通すだけで元が取れる)やら「萌えっ子缶バッジ」やらまで発売している有様である。さすがにバスの車体までキャラクターでラッピングはしていない……と思っていたら、何と「特急はぼろ号」に痛バス仕様の車両が登場していた。
 いや、会社自体は本当に普通の真面目なバス会社なのだろうし、利用喚起策としてあれやこれや考えた結果ではあるのだろうけれど、ここまでのハジけっぷりはいっそ清々しいものがある。

 それにしても、と私が感慨深いのは、日本社会における「萌え」の浸透ぶりである。
 私が中高生の頃(1990年代後半)は、オタク系の趣味は白眼視され、激しいバッシングに晒されていた。オタクは犯罪者予備軍だといった暴論が平然とまかり通り、多くのオタクたちが、自分の趣味を隠してイッパンジンを装ったり(彼らは「隠れキリシタン」などと呼ばれていた)、あるいは自分の趣味を捨てようと足掻いていたように思う。
 もちろん、中にははっきりと自分の趣味をカミングアウトしている人もいたけれど……私は恐ろしくて、とてもそんな風には振舞えなかった。何しろ、鉄道研究会というそれ自体がオタクの集団ですら、鉄分の濃い人、アニメを見たりする人をターゲットにした内ゲバが行われていたほどだ。少なくとも私が生きてきた世界では、オタクは露骨に下に見られ蔑まれ、オタク集団の内部ですらいかに自分のオタク色を薄めるかに汲々としていたというのが実態だった。
 状況が変わりだしたのは、2000年代の後半以降だったように思う。この頃からじわじわと、オタクが好意的に扱われることが増えてきたように思う。その背景については、経済効果が注目されるようになった等色々あるだろうが、ともあれ、今までは日陰でひっそりと生きてきたオタクたちが、恥ずることなく自らの趣味をオープンにできる状況が出現したといってよい。「萌え」が、一定の市民権を獲得したのだ。
 今や全国各地に「痛バス」が走り回るようになったのも、こうした時代の流れと無関係ではあるまい。個人が痛車を製作するのとは違い、公共交通機関であるバスにおいて「痛バス」を実現するには、このような表現に対するそれなりの社会的支持がなければ成立し得ないと言えるからである。
 バスに比べると鉄道の方は、その運行区域が広域なこともあってか、「痛車」の導入はさほど進んでいないように思われる。だがそれでも、地方鉄道を中心に、導入例が見られるようになってきている。
 高知県を走る土佐電気鉄道には、通称「ランちゃん電車」と呼ばれる車両が走っている。スポンサーは高知市を中心にパチンコ店を展開する「ホームラングループ」という会社で、このお店のマスコットキャラクターである「春野ラン」ちゃんを描いたラッピング車両が、高知の街中を走り回っている。
 この電車を撮るために、私は今年の8月上旬、クソ暑い中わざわざ高知まで行ってきた。日頃倹約に勤しんでいる私ではあるが、このような目的の旅にお金を投じることは別に無駄だとは思わないし、むしろ楽しい。
 今や世にはモノが飽和し、特定のモノを所有することがステータスだというような考えは通用しなくなってきている。一方でインターネットの普及と相まって価値観は多様化しているし、労働環境の悪化によって将来に対する不安感は増している。そのような社会情勢下では、無理に背伸びしようとせずに「ほどほど」で満足し、自分の好きなもの、好きなことに対して集中的にお金を投じようとするのは、むしろ当然の流れだといえる。だが、これが権力者(政府、経済界など)にとっては都合が悪い。リーマンショック以来急速に広まった「草食系男子」バッシングの背景には、従来のビジネスモデル(マスメディアを通じて車やマイホームの所有など「あるべき消費スタイル」を提示し、消費者にそれに沿った消費活動をさせることによって利益を上げるシステム。さらに言えば、消費のために国民を労働(⇒奴隷確保+税収確保)へと駆り立てる機能をも有する)が通用しなくなったことに対する、権力者の怨嗟の叫びが凝縮しているような気がしてならない。


▲留萌本線等の廃止検討を報じる10月26日付け「北海道新聞」
 
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