【北海道自転車旅行】5日目 稚内⇒浜頓別 その3(鬼志別⇒浜頓別)

(3) 鬼志別⇒浜頓別

13:38 浜鬼志別


 来た道を引き返し、浜鬼志別で国道238号線に戻る。
「浜頓別32km 枝幸62km 網走266km」の表示が立つ。今日のゴールである浜頓別まで、順調に行けば16時前には到着する。
 
13:54 道の駅さるふつ公園


 少し休憩し、ペットボトルに水を補給する。

13:56 天北線代替バス


 道の駅を出るとすぐに、バスとすれ違う。天北線の代替バスではあるが、現在のバスはもはや鉄道のルートに沿ったコースを辿らない。鬼志別以北もオホーツク海沿いを北上し、宗谷岬を経由して稚内に至るルートとなっている。鉄道の廃止論議に対しては「バスを走らせれば交通機関は確保できる」という意見がしばしば聞かれるが、今やそのバス路線すら維持困難な状況に陥っているのだ。

14:01 


 オホーツク海沿いをひた走る。

14:21 浜猿払


 もともと「猿払」と呼ばれていたのは、この辺りのよう。

14:31 猿払簡易郵便局


 国道から脇道に入ったところにあるので少し道に迷ってしまった。この郵便局でも、サッポロポテトの試供品(今度はベジタブル味)を頂く。このような親切に触れられるのは、素直に嬉しい。

 ここから浜頓別に抜けるには、二通りの行き方がある。一つは国道238号線をそのまま進むルート、そしてもう一つは、エサヌカ原生花園のただ中を突っ切る、通称「エサヌカ線」と呼ばれる道を走り抜けるルートである。大型トラックを避けながら国道を走るのもしんどいし、せっかく来たならは「北海道ならでは」の風景を味わいたい。私はツーリングマップルにもおすすめと記載されているエサヌカ線を走ることにした。

14:37 エサヌカ線入口


 エサヌカ線の入口は分かりにくいが、浜猿払から国道238号線を少し浜頓別方面に南下すると「通称エサヌカ線入口」と書かれた案内表示が現れる。この表示のところで左折する。

14:39


 地平線を貫く道

14:59 


 オホーツク海を望みながら走るのは序盤だけで、以降は海から離れた草原を走る。

15:17


 どこまで行っても景色が変わらない。前方に見える山の稜線が、少しだけ大きく見えてきただけである。
 そして困ったことに、何だかさっきからずっと虫がまとわりついてくる。気がつくと「ブーン」と耳元で羽音がし、速度を上げて振り払おうとしてもしつこく追跡してくる。これには参った。

 そして、もう一つ、このような何もない直線道路ならではの体験もすることができた。それが「逃水現象」(「逃げ水」)と呼ばれる現象である。
 エサヌカ線を走っていると、遠くに水たまりのようなものが見えることに気付く。しかし、いくら走っても走っても、その水たまりにたどり着くことができない。
 実は、最初から水たまりなど存在しなかったのである。
 Wikipediaによると、逃げ水とは「風がなく晴れた暑い日に、アスファルトの道路などで、遠くに水があるように見える現象のこと。(中略)近づいてもその場所に水はなく、さらに遠くに見え、まるで水が逃げていくように見えることからこの名前がつけられている」とのこと。「地表付近の空気が熱せられ膨張することにより、部分的に屈折率が変わって一種のプリズムとなり、上方の景色があたかも道路の表面に映ったように見える」のだそうだ。つまりエサヌカ線といえど常時この現象が見られるというわけではなく、夏のよく晴れた風のない日に限られるということだ。そう知ると、ちょっと得をした気分になる。

15:36 国道238号線に合流


 左折し、浜頓別方面に向かう。町境標は道中になかったが、もう浜頓別町に入っている。

15:48 浜頓別市街へ


 枝幸方面は左折だが、ここを右折すると浜頓別町の中心街。そして、旧浜頓別駅に向かう道である。

15:52 「駅前通り」


 久々に市街地の賑わいの中を走る。

15:58 浜頓別郵便局


 今日も郵便局が開いているうちに目的地までたどり着く。

16:06 浜頓別バスターミナル


 かつて駅があった場所は、現在はバスターミナルに生まれ変わっている。

          ◆

 今日もだいぶ早く目的地に着いてしまったが、とりあえず宿に向かうことにする。重い荷物は、さっさと宿に置いてしまいたい。
 予約したときには気付かなかったが、その宿はバスターミナルから程近い、「駅前通り」沿いにあった。「ホテル」を名乗ってはいるものの、妙に古めかしい感じの宿だった。案内された客室は和室、そして一泊素泊まりで5010円も取るにもかかわらず、部屋にはバス・トイレはおろか水道もなかった。ちょっと手を洗うにもいちいち客室の外に出なければならないというのは、はっきり言って面倒である。
 おそらくこの宿は、往時は「駅前旅館」として賑わったのだろう。そして鉄道が現役だった当時は、このようなスタイルの宿が当然だったのだろう。よく言えば昔懐かしい「駅前旅館」の面影を残していると言えるし、悪く言うと、時代の流れから取り残されているとも言える。ある意味で文化財的な価値のある、そんな宿だった。
 実は、最初自転車旅行のスケジュールを立てたとき、今日は枝幸まで行く予定だった。稚内から枝幸までは約120km。一日に走る距離としては丁度良いし、明日以降の行程も楽になる。だが枝幸の宿がどこも一杯だったため、浜頓別まで広げて宿を探し、ようやく部屋を確保したという次第である。中小規模の町では、宿を探すのも結構大変だ。
 ともあれ部屋に荷物を置き、町歩きを開始する。まず向かうのは、「Aコープ浜頓別店」。コンビニよりも先にスーパーに寄って見切り品や特売品を探すのが、私の旅の秘かな楽しみである。
 今日の夕食と明日の朝食を買い込むと、バスターミナルに向かった。ここの待合室には、天北線ゆかりの品が展示されている。

 天北線とは、音威子府から浜頓別を経由して南稚内に至る鉄道路線で、1922年に全通した。実は稚内に到達した最初の路線でもある。そのため当初は宗谷本線を名乗っていたが、1926年に距離の短い幌延経由の路線が開通すると、幌延経由が「宗谷本線」となり(1930年)、浜頓別経由は「北見線」(のちに天北線と改称)として支線扱いされるようになった。その後、国鉄再建の過程で第二次特定地方交通線に指定され、JR北海道発足後の1989年に全廃されている。一時は廃止が棚上げされながら最終的に廃止されたことについて、ソ連のペレストロイカとの関係を指摘する人もいたが、真偽のほどは不明である(要は、北方の脅威が薄らいだことで兵員輸送のために路線を二本も維持しておく必要がなくなった、ということらしい。その人がうには、標津線【標茶~根室標津、厚床~中標津】も同様の理由から廃止が認められたらしい)。


▲天北線ゆかりの品々


▲興浜北線の写真も


▲スタンプ台も、台だけが残っている

 一通り見学を終えてもまだ時間が充分あるし、空も明るい。私はクッチャロ湖まで足を延ばすことにした。自転車なら、バスターミナルからすぐの距離である。


▲クッチャロ湖

 夕暮れが近く、空は淡いオレンジ色に染まっていた。静かな湖だった。
 だが湖畔にはキャンプ場も設置され、こちらは大勢のライダー、チャリダーで賑わっていた。彼らはテントなどのキャンプ道具を持ち運び、キャンプ場で寝泊りしながら旅をしている。
 おそらく、旅費を安く済ませるには、キャンプ場を使うのが一番なのだろう。それに北海道にはキャンプ場以外にも、ライダーハウスと呼ばれる簡易宿泊所が随所にある。
 だが私は、このような場所を宿泊場所に選ぶことは、どうしてもできなかった。
 理由は二つある。一つは、私はキャンプ道具など全く持ち合わせていないこと。もう一つは、疲れが取れる気が全くしなかったからである。
 新たにキャンプ道具などを揃えようとしたら、それだけで膨大な出費になることは想像に難くない。加えて実際にキャンプをするとなればそれなりに練習も必要だが、それは一体いつ、どこでやったらいいのか。第一、キャンプ道具などを積んでしまったら、ただでさえ重たいママチャリがさらに重くなってしまう。
 それに私は、キャンプ場やライダーハウスのような場所で、満足に休息が取れるとは思えなかった。神経質な性格で、ちょっとした物音にも敏感に反応してしまうし、近くに同宿者がいれば何かと気も使う。鉄道旅行の際は宿代を浮かせるために何度か駅寝を試みたこともあったが、一睡もできなかった。
 結局、費用と効果のバランスを考えれば、多少高くともビジネスホテルを使うのが一番、という結論に落ち着いたのである。
 チャリダーの中で私のようにビジネスホテルをしっかり予約し、綿密に行程を組んで旅をする人がどの程度いるのかは分からない。前もってガッチリ行程を組んでしまうと、現地での不測の事態への柔軟な対応が難しくなるという欠点もある。故に、台風が来ようと何だろうと意地でも目的地まで行く必要が出てくるのだが――
 それでも私は、たぶんこれからも、旅のスタイルを崩すことはないだろう。

          ◇

 湖畔で景色を眺めながらのんびりと過ごした後、18時頃に宿に戻った。まずは夕食前に、汗を流してしまおう。共同浴場だが、贅沢は言っていられない。なるべく人が来ないうちに、サッと入ってサッと出てしまおう。

 浴場の扉を開けると、狭い脱衣場で、裸のオッサンが5人ほどお戯れになっていた。
 私は反射的に、扉を閉めてしまった。

 客室に戻り、先に夕食を食す。そしてオッサンたちが出たであろう頃合いを見計らって、改めて欲情……もとい浴場に向かう。今度は誰もいなかった。だが急いで体を洗っているうちに、後客が入ってきてしまった。
 私が極端に共同浴場を嫌がるのを、変に思われる方もいるかもしれない。だが、嫌なものは嫌なのだ。私は男の裸を見るのも、自分の裸を見られるのも嫌なのだ。工口画像はわざわざ、トリミング機能を使って男が写っている部分を切り取ってしまうほどだ。

 そうだ、だから私は「百合」が好きなのだ。男は邪魔だ。男は汚い。女の子の側に居ていいのは、女の子か、あるいは女の子のような男の子(世人、それを男の娘と呼ぶ)だけなのだ。唐突に二次元趣味の話に飛んでしまったが、それが真理なのだ。
 結論、宮小路瑞穂は偉大だった。
 
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コメント

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浜頓別まで読みました。
続きが見たいです。

できたら宿の写真と、食材の写真も見たいです。

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