【北海道自転車旅行】6日目 浜頓別⇒紋別 その2(音標⇒興部)

(2) 音標⇒興部

11:41 音標郵便局


 預金通帳にスタンプを押してもらって戻ってくるまでの間に、空気は完全に抜けてしまっていた。
 
 もう一度、空気を入れなおしてみる。これで見かけ上は満タンになる。しかし、走り出すと程なくして、あっという間に空気が抜けてしまう。再び空気を入れようとすると、今度は入れるそばから「シュー」と空気の抜けるような音がする。
 これはもうダメだ。パンクを修理するほかない。
 ……が、問題があった。パンク修理に必要な道具を、何一つ持ち合わせていないのである。

 まず、実際問題として、現地でパンク修理をしようとするのは困難である。パンクした部分を特定するにはバケツに水を入れてチューブを突っ込む必要があるが、こんなことで貴重な水を使ってしまうわけにはいかない。
 かと言って、チューブを丸ごと交換することもできない。理由は簡単で、私は車輪の外し方を知らないのである。
 そんな状態で自転車旅行に出かけていたのか、余りにも無謀すぎじゃないか――という批判は甘んじて受け入れよう。だがママチャリはスポーツバイクと違い、自転車屋に行けば修理の依頼は容易である。そして、どんな町にも自転車屋の1軒くらいはあるだろうから、いざとなったらそこまで気合で走ってしまえばいい。
 そんな発想で、ここまで来てしまったのだが。



 一番近い町である雄武まで、あと15kmもある。しかも、緩やかとはいえアップダウンが連続する道だ。
 かくして、雄武までの道のりは、果てしなく過酷な行程になってしまったのである。

12:01 雄武町


12:22 北見幌内郵便局


 空気が完全に抜けているせいで、自転車を停めようとしてもなかなか安定しない。ついにはひっくり返してしまったところで、出てきた郵便局員の方が手を貸してくださった。スタンプを押してもらうついでに、この近くに自転車屋はないか尋ねてみるも、やはり雄武の町まで出ないと無いとのこと。
 もう仕方ない。このまま雄武まで走ろう。ああキツい……。

12:47 「雄武市街4km 紋別48km 網走157km」


 ようやくあと4kmというところまで来た。

12:53 元稲府(もといねっぷ)


 雄武市街まであと3km。

12:59 雄武(おうむ)


 ようやく雄武市街に入る。パンクしてから1時間半、よくここまで走ってきたものである。

 市街地に入ると、早速自転車屋を探す。が、スマホで「雄武 自転車」で検索して出てきた店の所まで来たものの、何度店内に向かって声をかけても誰も出てこない。仕方がないから店の番号に電話をかけ、自転車の修理を依頼したいと伝えてみるものの、
「ウチ、もう自転車はやってないんだわ」
 そんな絶望的な一言と共に、電話は切られてしまった。

 さすがに、これには絶句する。が、諦めるわけにもいかない。自転車を押しながら市街地を少し進むと、今度はバイク屋が目に入った。しかもこのバイク屋、店内を見ると自転車も販売しているではないか。もしかすると、ここで自転車も修理してもらえるのではないか? 私は一縷の望みを託し、店内に向かって声をかけてみる。
 露骨に面倒くさそうな様子で、オッサンが出てきた。

 一応、修理は引き受けてもらえることになった。が、いつまで待っても取り掛かる気配がない。私は、「何時ごろまでに終わりますか?」と聞いてみた。
 夕方ぐらい、とオッサンは答えた。
 えっ、それは困る。私は思わず口に出してしまっていた。それから、アンタ雄武の人じゃないのか、これからどこか行くのか、は?紋別?……といったやり取りの挙句、店内から別のオッサンが出てきて、その人が修理を引き受けてくれることのなった。
 面倒だったので、私は後輪をタイヤごと交換してほしいと告げた。

 それから20分ほど経っただろうか。無事に後輪が直って出てきたときには、心底ホッとした。

13:42 雄武郵便局


13:45 雄武市街


 「興部20km 紋別44km 網走153km」の表示が出ている。思いがけず時間を食ってしまったので、旧雄武駅の探索は諦め、このまま興部方面に向かうことにする。

14:09 「興部14km 紋別37km 網走146km」


 市街地を抜ければ、相変わらず景色はこの通りである。雄武は酪農が盛んな町らしく、牧草地が目に付く。
 またパラパラと雨が降ってきた。念のため、再度荷物にビニール袋をかぶせる。

14:29 沢木郵便局


14:32 「興部9km 紋別33km 網走142km」


14:47 「興部5km 紋別28km 網走137km」


 興部町との境が近づいてくると、山がちな道になってくる。上り坂が苦しい。

14:54 興部町


15:00 興部市街


 紋別に向かうにはこのまま直進すればよいが、ここで右折し、ちょっと寄り道をする。興部郵便局を訪問したいし、ついでに旧興部駅も訪れたい。

15:15 道の駅おこっぺ


 他の多くの廃駅と同様、旧興部駅跡地も、道の駅を兼ねたバスターミナルに生まれ変わっている。構内は旧名寄本線、興浜南線に関する品が展示されていた。休憩も兼ねて、見学する。興部町における鉄道の歩みや駅舎の模型、古い時刻表などが展示されており、なかなか興味深い。私は昔の時刻表を見るのが、結構好きである。



 そして、展示を見ているうち、ある列車名に目が止まった。
 急行「天都(てんと)」。網走と興部の間を遠軽回りで毎日1往復していた列車で、1980年に廃止されたとのこと。
 それだけなら「へー」で通り過ぎていたところだったが、私が気になったのはむしろ、「天都」という列車名の方だった。

 「天都(あまつ)かなた」というキャラクターを連想してしまったからである。

          ◆

 天都かなたとは、サイバーエージェント(株)が提供するスマートフォン向けのソーシャルゲーム「ガールフレンド(仮)」(参考:Wikipedia - ガールフレンド(仮))に登場するキャラクターの一人である。声優は「お姉ちゃん」こと井上喜久子さん(1964年生まれの17歳)。
 ゲームは基本的には、ネット上で手持ちのカードを武器にして他のプレイヤーと対戦したりイベントを攻略していくカードゲームの形式なのだが、この作品の場合、そこに「恋愛」の要素を持ち込んだ点が新しかった。そうすると何が起こるかと言うと、「強いカードを手に入れる」のと同じくらい(あるいは、それ以上に)、「お気に入りの子のカード(作品内では「ガール」と表記)を手に入れる」ことが重要になってきてしまうのである。カードは基本的にゲーム内でイベントを攻略したりガチャを回すことで入手できるのだが、そこで目当てのカードを入手するために課金アイテムを入手したり、課金してでもガチャを回し続けるという現象が起こる。人によっては際限なく課金してしまう人もいるようで(彼らは「廃課金者」などと呼ばれる)、課金ガチャの件はソーシャルゲームの負の側面の一つとして、しばしば社会問題となっている。私もゲームを始めた最初期の頃はいくらか課金していたこともあったが(と言っても、合計で1000円にも満たない額だが)、現在では一切課金しない方針を貫いている。
 私がこの作品を知ったきっかけは、2014年10月~12月にかけて放送されたアニメ版だった。当時の私はスマホすら持っておらず、当然ゲームのことも全く知らなかったのだが、秋の新作アニメをチェックしていて「妙に百合っぽい」公式サイトの絵に興味を持ち、試しに見てみようかと思ったのが発端だった。
 1話と2話を見た段階では正直今市(いまいち)ピンとこなかったのだが、懲りずに見ていた3話で一気に引き込まれ、そのまま最終話(12話)まで見続けてしまった。アニメ自体の出来については賛否両論あるようだったが、男キャラを出さずに百合っぽい作品にしてしまったのは、私からすれば素敵なことである。この世に男など、不要。百合ん百合んすべきか、死ぬべきか、それが問題なのだ。そんな作品ゆえ、一部では「ガールフレンド(百合)」などと呼ばれている。余談だが、前述の3話のモデルになった場所は、小田急線の「新百合ヶ丘」界隈だった。
 このアニメで天都かなたが登場したのは、5話である。生徒会の面々が食堂を運営するという話だったが、そこでポンコツ生徒会長として登場したのが、天都かなただった。正直、アニメを見た時点では、「何だこのダメ会長は……」というのが率直な感想だった。5話のストーリー自体、会長が思いつきであれをやりたい、これをやりたいと言い出し、それに周囲が振り回されるという展開だった(でも会長のやったことは結果的に生徒たちに喜ばれ、生徒会も達成感を得るという「イイ話」で締めくくられていた)。無能だけれども人望のある人として描かれていた。
 それからしばらく、天都かなたのことは忘れていた。私が天都かなたに再び目を向けるきっかけとなったのは、DVD4巻の特典として付いてきたキャラクターソングだった。

 タイトルは「はるかかなたで夢見ましょ」。



 曲を聴いて、私は不覚にも泣きそうになってしまった。

 この曲を聴いたのは、2015年4月下旬。ドSの国(就職していた埼玉の司法書士事務所のこと)で働き始めてから3ヶ月近くが経過し、連日の長時間労働で休みどころか睡眠時間も満足に取れず、職場のパワハラ体質、洗脳研修と相まって疲弊しきっていた時期だった。そんな精神状態だった私に、会長の声はどこまでも甘く、そして優しく響いた。

 そして私が考えさせられたのは、「トップに立つべき者の資質とは何か」ということだった。

 私が勤務していた会社は、ネットで「ドSの国」などと揶揄されるとおり、とにかくワンマンな「先生」(社長のこと。社長のことは「先生」と呼ぶのが暗黙のルールだった)がトップダウンで全てを決定し、従業員は偉大なる先生様のために働け、成長しろ、魂を売れ、生きる屍となれ、だまっていうことをきけ……といった感じの世界だった。社長や幹部社員がバカみたいに大声を張り上げて従業員を罵倒するのは日常茶飯事。どんな人だろうと取りあえず入社させておいて、OJTやブラック研修を通じて組織のカラーに合う人間だけを「選抜」し、それ以外は容赦なく排除する、というのが露骨な人材育成(育成と言えるのかすら疑問だが)方針だった。社内では偉大なる先生様(위대한 선생님)に対する批判は完全にタブー、社長の言う事が全てで、幹部社員の会議すら「意思伝達会議」と呼ばれていた。下々の者は黙って言うことを聞いていればいい、という態度が余りにも露骨で、従業員が意見を主張する余地は皆無だった。当然、そんな社風に対して内心反発する従業員も居ただろうが、そのような人は次から次へと辞めてしまうため、上層部にはブラックに染まった人ばかりが残り、結果的にブラック企業ぶりにますます拍車がかかっていく……それが、自称「全国で第2位の規模の司法書士事務所」の実態だった。

 でも、こんなのはマトモな組織と言えるだろうか?

 ある上司は、そんなのは体育会系の部活では当たり前だ、お前は部活に入っていなかったから分からないんだ、と言った。
 断っておくが、私は中学、高校、大学とずっと文化部や文化系サークルで活動してきたから、「部活に入っていなかった」というのは事実誤認だ。あるいはこの上司は、文化部は部活と呼ぶに値しないとでも言いたいのだろうか。それはとにかく、私はこの上司に、こう言い返したい。「それが当たり前なのは、体育会系の部活だけじゃないのか?」と。

 トップに立つ人間が全てを決定し、部下はそれに絶対服従、というのは、確かに組織の方向性がブレることはないし、短期的には利益を上げられるだろう。しかしこのようなやり方では、当然部下の中から不満を持つ者が出てくるし、従業員の意欲も失われていく。常に緊張感が漂うピリピリした環境で、まともに仕事が出来るはずがない。その証拠が、従業員の短期間での大量退職と、それを補う目的での大量採用だ。社長の個人企業だからどんなに従業員が入れ替わろうと組織は存続しているのだろうが、そうでなかったら、とっくにクーデターでも起きて崩壊してもおかしくないはずだ。

 そして、私は思うのである。本当に組織のトップにふさわしいのは、実務能力云々よりもむしろ、構成員の意欲を引き出すことのできる、構成員に対し包容力を持って接することの出来る人物なのではないかと。少なくとも私はそのようなトップが居る組織に所属したいと思うし、そんな環境でこそ意欲が生まれ、能力も存分に発揮できるというものだ。だからこそ、私はあえて断言したい。
 天都かなたは、理想のリーダーだと。


▲アニメ「ガールフレンド(仮)」5話より、天都かなた(右)。左は副会長の篠宮りさ

          ◆

 さて、紋別に向かうことにしよう。
 
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