【北海道自転車旅行】8日目 浜小清水⇒釧路

8日目【2016年8月21日(日)】 浜小清水⇒釧路 約133.2km


 
 昨日熱帯低気圧から昇格した台風11号は東北沖を北上し、今日の夜にも北海道東部に上陸する可能性が出てきた。今日の目的地はその道東の中心都市、釧路である。
 これは大変なことになった。まさに台風直撃である。
 だが、焦っても仕方がない。どのみち今日の釧路宿泊は動かし難いのだし、とにかく今日も早め早めで行動し、なるべく早く釧路に到着してしまうほかない。
 それにしても、こんな日に台風の直撃を食らうとは。小清水から釧路までの行程は、途中に野上峠を挟む山がちな道である。野上峠自体は標高319メートルとさほどの高さではないが、如何せんこの雨である。これから風も出てくるかもしれない。

06:49 浜小清水駅(道の駅はなやか(葉菜野花)小清水)


 覚悟を決めて出発する。まずは国道244号線を斜里方面に進む。日曜日の早朝、しかもこの天気とあってか、交通量は少ない。

07:08 「小清水7km 弟子屈54km 釧路127km」


 斜里方面に向かう国道244号線から、釧路方面に向かう国道391号線が分岐する。

07:35 小清水市街


 出発時は小降りだったが、次第に雨脚が強まってくる。
 小清水市街を抜けると、徐々に上り勾配がきつくなってくる。雨が強い上に交通量がほとんどなく、心細さを覚える。

08:05 札弦(さっつる)付近


 次第に峠が近づいてくる。

 野上峠は標高こそさほどでないものの、やはりさすがは峠越えである、どんどん強くなってくる雨と相まって体力はむしりとられる。だんだんと、漕いでは休み、またちょっと漕いでは休み……を繰り返さないと、前に進めなくなってくる。
 辺りはいよいよ山深くなる。人家など全くない。車もほとんど通らない。ただ雨の音だけが響き渡る。
 不意に野生生物がひょっこり現れてもおかしくない。そんな雰囲気だ。もしかしたら、ヒグマが生息しているかもしれない。鉢合わせになったら一大事だ。
 だが実際には、この時の私は、ヒグマが出たらどうしようとか気にしている状態ではなかった。降りしきる大雨、そして峠越え。とにかく前に進むことに必死で、余計なことを考えている場合ではなかった。

 だがやはり、自転車はこいだ分だけ前に進む乗り物である。少し走っては休み、また少し走っては休み……を繰り返しているうち、ようやく前方に野上峠、そして弟子屈町に入ることを知らせる看板が見えてきた。

08:57 野上峠


 峠を越えると、今度は一挙に下り坂になる。だがこの大雨では、十分に速度を落とした上での走行にならざるを得ない。おまけに峠道の弟子屈側は、小清水川に比べてきついカーブが連続する。

 そして、坂道を下り終わり、さらに原野の中をしばらく走り抜けると、ようやく川湯温泉にたどり着く。今回の旅の全日程の中でも、無事に川湯温泉にたどり着けたときの安心感は格別だった。

09:31 川湯温泉駅


 駅舎の軒下で、地図でこれからのルートを確認しつつ休憩を取る。
 駅自体は無人駅だが、駅の事務室を利用して、レストラン「オーチャードグラス」が営業している。自転車を停めて地図を睨んでいると、駅舎の中から人(観光案内所の方か?)が出てきて、足湯で温まっていって、と声をかけてくれた。

 その人と、昨日は小清水で一泊して今日はこれから釧路まで走る……という話をすると、釧路まではどう行くのかと聞かれた。国道391号線をそのまま進むつもりだとと答えると、「標茶回り(筆者注:国道経由のこと)はアップダウンがきついから鶴居回りで行ったほうがいい」と言うではないか。
 考えたこともないルートだった。
 地図を見ると確かに、弟子屈から鶴居村を経由して釧路に至る道道53号線というのが記されている。距離的にも、国道391号線経由とさほど変わらないように見えた。
 ただ、鶴居経由が本当に標茶経由よりも楽なのか……正直、半信半疑だった。ただ、如何せん外は大雨である。ここは一か八か、鶴居経由で行ってみようではないか。そのことを告げると、弟子屈市街の地図を持ってきて、鶴居方面への抜け方を詳しく説明してくれた。

 「せっかく来てくれたのにこんな天気で、すみませんでした」という駅の方に礼を言い、川湯温泉駅を後にする。天気は別に誰のせいでもないと思うが、旅先で出会う親切は、やはり気分がいい。

10:18 「弟子屈市街9km 釧路82km」


 相変わらず凄い雨だが、道はようやく平坦になった。

10:46 弟子屈市街


 原野の中をひた走ること数十分、久々に街らしい街の中を走る。川湯温泉駅の方の言うことに従い、国道をそのまま進まず、ここから弟子屈市街に入り込む。雨は少しだけ小降りになってきた。

10:52 摩周駅付近


11:01 「鶴居35km 釧路71km」


 道道53号線を走る。順調に行けば、釧路まであと約5時間といったところか。

 この道道は、確かに序盤こそなだらかな道だった。しかし道を進むにつれ、次第に勾配がきつくなってくる。おまけに人家も交通量もほとんどない。原野の中に、ただ雨の音が響くばかりである。
 この道、ちょっとヤバいんじゃないのか――。だんだん嫌な予感がしてきた。

11:26 「鶴居29km 釧路64km」


 変化のない道をひた走る。しかも、この辺りの地名は「奥春別原野」という、いかにも山奥といった感じの名だ。さすがに心細さを覚える。

11:49 「中久著呂13km 鶴居22km 釧路57km」


 中久著呂(なかくちょろ)という地名も凄い。

 数字の上では確かに前に進んでいるはずだが、全く実感がわかない。行けども行けども原野が広がるばかりである。勾配はいっそうきつくなり、ちょっと進んでは休み、またちょっと進んでは休み……を繰り返すようになる。本当にこの道、標茶経由よりも楽なのか? 道を進めば進むほどに、とんでもないところに来てしまったという思いが去来する。
 上り坂を、喘ぎ喘ぎ上り詰める。下り坂になる。ようやくこれで上り坂も終わりか……と思う間もなく、道は再び上り坂になる。その繰り返しだ。
 足が棒のようになる。もう、思うように動かない。
 ヤバい。ヤバい。マジでキツい。

12:43 久著呂


 ようやく集落にたどり着く。弟子屈を発って以来ここまで、ずっと人跡稀な原野をひた走ってきただけに、少しだけホッとする。しかし携帯を見ると、なんと「圏外」になっていた。

12:46 鶴居村


 ようやく鶴居村に入る。鶴居村に入ると、やっと道は平坦になってくれた。

13:04 


 阿寒湖方面に向かう国道が分岐する。

13:19 鶴居市街


 道道に沿って、わずかばかりの集落が形成されている。集落を抜けてしまえば、辺りは再び原野、やがて草原になる。

13:49 「恩根内7km 釧路29km 阿寒湖温泉63km」


 ようやく、釧路まであと30kmを切ってくれた。どうにかゴールが見えてきた。
 だが、安心するのはまだ早かった。ここから釧路市に入るまでの間に、もう一山越える必要があったからである。

14:29 湿原坂


 鶴居村と釧路市の間に立ちはだかる湿原坂。これがまた、とんでもなくキツい。休み休み、必死の思いで上り詰めていく。既に限界近い脚に、この急坂は本当にしんどい。

14:39 釧路湿原


 坂の途中で時折、釧路湿原を望むことができる。

14:43 釧路市


 やっとの思いで、釧路市に到達する。湿原展望台まで来れば、後はもう下るだけだ。

14:46 「釧路空港15km 釧路市街16km」


 幸い、雨は少し小降りになってくれた。下り坂を、一挙に釧路市街目がけて駆け下りる。だが市街地が近づいてくると、再び土砂降りの雨に見舞われる。路肩は水たまりを通り越して完全に「池」状態、しかも樹木の葉や枝が散乱している。走りにくいことこの上ない。
 それでも、釧路市街に入り釧路駅が近づくと、雨は再び小降りになり、ついに止んでくれた。

16:02 釧路駅前


 台風接近でどうなることかと思ったが、無事に釧路駅前に到着。

          ◆

 取りあえず、駅北口側にある駐輪場まで自転車を運ぶ。釧路駅前まで行く途中で、北口側に屋根つきの駐輪場があることを私は目ざとく確認していた。
 駐輪場に自転車を止め、手元になくてもいい荷物もついでに前カゴに放り込んで自転車に括り付けると、私は駅の「みどりの窓口」に向かった。新千歳空港までの乗車券と特急券を買うためである。
 明後日(8月23日)、東京でどうしても外せない用事がある。そのため、明日は朝の特急列車で新千歳空港に向かい、飛行機で一旦家に帰る。そして明後日は朝イチで用事を済ませるとその足で成田空港に向かい、飛行機で新千歳へ、そして夜行バスで釧路へ。明々後日(8月24日)の早朝に釧路に舞い戻り、自転車旅行を再開する……という強行軍の予定を組んでいたのである。

 こんな体力の限界に挑むような行程を組まざるを得なかった理由は、ハローワークにある。失業保険を貰うため、8月23日の「初回認定日」に出頭する必要があったのだ。
 失業保険を貰うためには、4週間に1回、ハローワーク側が指定した日に「失業認定」を受ける必要がある。そしてこの日程は、よほど特殊な事情(例として就職活動を行ったとか、急病に罹ったとかが挙げられる)がない限り変更することができない。要するに、旅行のように個人的な事情では、認定日の変更は認められないのである。
 だったら認定日の前日までに帰れるようなスケジュールを組めばよかったじゃないか……と思われるかもしれない。もちろん私も、可能であればそうしたかった。しかし私の場合、今月12日、つまり出発日の前日にハローワークの「雇用保険説明会」というものに出席しなければならず(もちろん、こちらも日程変更不可である)、結局、どう頑張っても2週間以上も間を空けることができなかったのである。

 余計な出費がかさむのは癪だが、まあ、これで失業保険がもらえるなら仕方ない。そう思いながら駅に向かう。
 そして、驚いた。台風接近の影響で、今日釧路駅を発着する列車は全列車が運休になっていたのだ。


▲列車運休を知らせる掲示


▲発車案内にも「運休」の文字が。

 私はみどりの窓口に行き、係りの人に明日の新千歳空港までの乗車券と特急券を購入したい旨告げ、ついでに明日は列車が走るのか訊いてみた。
「一応、走る予定ですが、天候次第です……」
 まずいことになった。もし明日列車が走らなければ、一旦東京に帰るという計画自体がパーになる。それに考えてみたら、仮に列車が走ったとしても、飛行機が欠航したらどうしようもない。
 取りあえず切符だけ購入し、宿に向かった。

 夕方には一時的に上がっていた雨も、夜になると再び降り始めた。風も強まってきた。
 テレビを点ける。最新の気象状況を知りたかったからだ。普段全くテレビを見ない私も、こういう時ばかりはテレビに頼らざるを得ない。とりあえず、あべさま……もとい「みなさまのNHK」にチャンネルを合わせる。しかし、映し出されるのはオリンピックばかりだった。
 腹が立った。なぜテレビというのは、視聴者が一番欲しい情報を流さず、こんな非常事態下でも延々オリンピックを流し続けるのか? いや、テレビというメディアはもともと、そういうものだ。放送局側は情報を都合のいいように選択・編集して流し、視聴者側はそれを一方的に受け取ることしかできない。視聴者側に残っているのはせいぜいチャンネルの選択権ぐらいだが、テレビ局が横並びで似たような番組ばかり作ってしまったら、もうどうしようもない。そんな一方的なメディアの割に、音と映像を利用した視聴者に対する刷り込み効果は凄まじい。テレビが「国民洗脳の尖兵」などと言われる所以である。

 NHKは延々とオリンピックばかり流していたが、北海道のローカル放送局はさすがに、台風情報をひっきりなしに流していた。台風11号はは刻一刻と接近し、今夜遅くに釧路付近に上陸する見込みとのこと。
 まさに直撃だった。
 さらに台風9号もまた北上を続けており、こちらも明日夜から明後日朝にかけて北海道に接近、上陸する可能性もあるとのことだった。
 そして20時半頃、ついに明日の「スーパーおおぞら」は全便運休が決定したとのテロップが流れた。飛行機も次々に欠航が決定しているとのこと。

 計画変更。東京に帰ることは諦め、明日ももう一晩釧路に泊まることにした。
 そして問題は、明後日以降の日程だった。

 当初の計画では、明後日(23日)夜札幌発、明々後日(24日)朝に釧路着、釧路から広尾まで約150kmを自転車で走って24日は広尾に一泊するつもりだった。そのつもりで、広尾の宿も既に押さえてある。
 しかし、明日以降も北海道に留まるとなると、この計画も再検討の余地が出てくる。

 プランA。今日(21日)から24日まで釧路に泊まり(つまり釧路に3泊し)、予定通り24日は釧路から広尾まで走る。台風を完全にやり過ごした上で出発できるのが利点だが、欠点は明日と明後日の2日間釧路に続けて滞在することになり、することがなくなる可能性がある。釧路から広尾まで、150km以上の道のりを1日で走るというのもしんどい。
 プランB。明日(22日)は釧路に滞在。明後日(23日)は天候回復を待って帯広まで走る。24日は帯広から広尾まで走り、元のスケジュールに戻る。利点は一日あたりの走行距離を適度に分散させることが可能で、疲労回復につながる。欠点は、23日の天候が不確実な点。台風9号の速度によっては23日に台風の直撃を食らう可能性があり、そうすれば帯広到着が危うくなる。

 どちらの案にも利点と欠点がある上、今から宿を探すのも大変だ。私は気象情報と宿泊予約サイトを睨みながら、深夜まで頭をひねり続ける羽目になった。
 
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