【北海道自転車旅行】 InterMission -釧路滞在-

InterMission【2016年8月22日(月)】 釧路滞在


 
          ◆

 台風11号は昨夜(8月21日)の23時頃に釧路に上陸し、22日の午前3時にオホーツク海上で温帯低気圧に変わった。
 台風が過ぎ去った後の釧路の街は、路上に枝葉が散乱しているものの、雨風は収まり、平穏な朝を迎えていた。
 しかし、台風一過の爽やかな青空……とはいかない。日本近海にある台風9号がなおも北上を続け、23日朝までに北海道に上陸する見込みだという。今は雨は止んでいるが、天気予報によれば、今日も昼前には再び雨が降り出すようだ。

 私にとっては、久々の休息日だ。8月13日に自宅を出発して以来昨日まで、9日間も毎日走り続けた。しかも昨日は大雨の中の山道をひたすら走り続け、さすがに疲労した。間に1日休息を挟むのも、悪くはないだろう。
 とはいえ、今日もまた釧路に泊まることになったので、まだ宿の手配ができていない。当日予約となると値段もさすがに高く、安めのところでも普通に1泊5000円以上の値段をつけている。その上、まだ明日以降どうするかが決まっていない。私は取りあえず、今日の分の宿だけ予約した。違うホテルになってしまったため昼間は外を出歩かねばならないが、止むを得まい。
 とはいえ、日中はすることもない。天気が悪くては、そう出歩くわけにもいかない。私はチェックアウト時刻の10時ギリギリまで客室で粘った後、釧路駅に向かった。



 釧路駅には昨日に引き続き、全列車の運休を知らせる掲示が出ていた。

 「みどりの窓口」に行き、昨日買った切符を払い戻す。列車の運行不能が理由なので当然手数料無しでの払い戻しだが、JR北海道が気の毒なようにも思えた。
 念のため、列車が運行不能になったことの証明書も発行してもらう。
 次に、ハローワークに電話。「明日が認定日の者だが、今北海道の釧路にいて、台風の影響で列車が運行不能になっており空港にたどり着けない。どうしたらいいか」という趣旨の説明をする。
 ハローワークの職員からは、「可能な限り帰宅してて頂いて、明日の認定日に来てほしい。不可能なら、その次の認定日の前までに、なるべく早く来てほしい」という内容の説明を受けた。
 厳密に言うと、絶対に今日中に東京に帰り着くのが不可能というわけではないのかもしれない。釧路空港まで行ってそこから東京行きの便に乗るという方法も、使えないことはなかった。だが空席があるか不明だし、航空運賃もバカみたいに高い。そこまでして認定日に間に合わせようという気にもなれなかった。ハローワーク側といえど、さすがに「可能なあらゆる策を尽くしても来れない」のでない限り認定日の変更は認めない、とまでは言わないだろう。もしダメだと言われたら、もう諦めるほかない。諦めたところで、直近4週間分の失業保険が貰えなくなるだけの話である。別に受給できる総額が減るわけではない。

 そうしてJRの切符の件とハローワークの件は話が済んだのだが、もう一つ、最大の難敵が待ち受けていた。航空券の払い戻しである。
 私が買っていたのは、LCC(格安航空会社)、それもジェットスターの航空券だった。
 よく知られているように、LCCは運賃自体は安い代わり、キャンセルをしても一切払い戻しをしないといった制約がある。それは天災により空港に行けなくなったような場合でも同様らしく、唯一、欠航になった場合だけは払い戻しをしてくれる、ようだった。大幅な遅延の場合も払い戻しをしてくれるという情報もあったが、確たることは分からない。
 そして、新千歳や羽田、成田発着の飛行機の多くが欠航と伝えられているにもかかわらず、私が搭乗予定だった便に限って、未だに欠航が発表されていないのである。
 イライラしながら情報を待つ。LCCの払い戻しのルールが上記の通りである以上、私としては、無理に飛ばされるよりは欠航にしてもらったほうがありがたいのである。

 11時56分。ようやくメールの着信があった。やっと欠航が決まったか、と思いながら見ると、

「ご搭乗予定の新千歳 22/08/2016発GK110は天候のため遅れが生じております。新しい出発予定時刻は7:00PMでございます。」

 要するに、定刻より5時間以上も遅延させながら、とにかく飛ばすつもりらしい。
 ふざけんな欠航にしろよ、と思ったが、とにかくジェットスター側に航空券の取り扱いについて問い合わせてみることにした。LCCとはいえ往復で2万円近くする航空券、ドブに捨ててしまうのはいくら何でも耐えられない。メールには続いて「ご予約の変更につきましてはお電話でのお問い合わせにつきましては、ご予約番号……をご用意の上0120 9347 87にご連絡ください。」と書かれていたので、とにかくこの番号に電話をかけてみる。

 が、何度かけても全くつながらない。「只今大変混みあっております……」というテープが流れるばかりである。こういう時、新千歳空港まで来ていればカウンターで直接尋ねることもできたのだろうが、現在地が釧路ではどうしようもない。
 一定の間隔を置いて電話をかけ続けてみることにして、私は街に出た。


▲釧路駅構内にて。白沢まりもという漫画家を思い出してしまった。
 「野ばらの森の乙女たち」3巻はもう出ないのだろうか……

 幸い雨は止んでいたので、釧路駅周辺の郵便局を訪問する。じっとしているよりは、まだ歩き回っていたほうが精神衛生上よい。釧路駅から幣舞橋方面に向かって南下し、最終的にフィッシャーマンズワーフMOOまでたどり着いた。その間、何度かジェットスターに電話をかけてみるものの、相変わらずつながらない。
 午後3時すぎになると、再び雨脚が強まり始めた。


▲MOOちゃんになれるらしいパネル

 午後4時すぎに、私は今日の宿泊を予約していたホテルに向かった。無為に時間を過ごしてしまったような、空しい気分に襲われる。ホテルからも何度もジェットスターに電話をするが、一向につながらない。もしや、電話をつながらない状態にして客の側に根負けさせ、払い戻しを免れようという魂胆なのか? そう勘繰らざるを得なくなるくらい、電話のつながらなさは異常だった。おそらく、もう二度とジェットスターを使うことはないだろう。
 テレビは相変わらず、オリンピックを流していた。APE……じゃなかったABE首相がリオデジャネイロで何かパフォーマンスをやったらしく、キャスターはそれをしきりに絶賛していた。そして、4年後の東京オリンピックを必死で盛り上げようとしていた。
 私は、何ともいえない違和感に襲われた。

          ◆

 Youtubeで「虹と雪のバラード」というキーワードで検索すると、札幌オリンピックを記録したものと思われる動画がいくつか出てくる。映っているのは白銀の大地を駆ける聖火ランナー、はためく五輪旗、各国の国旗。今では絶対に見かけないような古めかしい車。そして、オリンピックを迎える人々の晴れやかな表情だ。
 1972年に開催された札幌オリンピックは、アジアで初めて開催された冬季オリンピックだった。その8年前に開催された東京オリンピックは、アジアで初めて開催されたオリンピックだった。
 当時を生きた人たちは、どのような思いでオリンピックを迎えたのだろうか。
 1945年に太平洋戦争で敗れた日本は、しかしながら驚異的な勢いで復興を遂げ、経済大国の道を歩んでいた。そこには東西冷戦を背景としたアメリカの戦略もあっただろうが、いずれにせよ日本は戦後20年あまりで、屈辱的な「敗戦国」のレッテルを打ち破り、再び世界の一流国(言い方に語弊はあるかもしれないが)の座に躍り出ようとしていた。
 東京オリンピックや札幌オリンピックは、まさにそのような社会情勢下で開催された。オリンピックを迎えた当時の人々は、おそらく、素直な感動と誇らしさを覚えたのではないかと思う。

 それから半世紀あまりが経過し、今再び、日本でオリンピックが開催されようとしている。だが、これを迎える今日の日本人は、半世紀前の人々と同じような感動と誇らしさを覚えることができるだろうか?

 2020年の東京オリンピックを巡っては、招致段階から反対論も根強かった。なぜオリンピックを開催したいのか、その「大義」は全く見えてこないし、福島第一原発の事故も収束しているとは言い難い。何より、たかだか10日間程度のイベントのために膨大な予算を投じるのは税金の無駄遣いではないのか。オリンピックを開催するカネがあるのならば、それを貧困対策や雇用対策といった社会政策に振り向けたほうが、よほど国民の長期的な利益につながるのではないか……。
 日本が右肩上がりの経済成長を続けてきた時代は終わった。誰もが未来に希望を持てる時代も終わった。そのような時代に、「かつてのオリンピックの感動をもう一度」といった懐古主義的なノリでオリンピックを開催されても、国民の意識がついて行かないように思う。だからこそマスメディアは躍起になって、国民の間にオリンピック歓迎ムードを醸成しようと世論工作をしているように私には思えてならないのである。オリンピック開催によって「利益」(ここで言う「利益」とは、何もカネの問題に限らない。政治的な意味での「利益」も含まれる)を得る人たちのために。


※再生ボタンを押すと「この動画はYouTubeでご覧ください」とメッセージが出ます。メッセージのリンク先をクリックしていただくと、YouTubeに飛び、再生が始まります。
 
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