【北海道自転車旅行】11日目 広尾⇒新冠 その3(浦河→新冠)

(3) 浦河→新冠

14:02 浦河駅


 駅舎は国道の反対側にあり、国道とホームとは跨線橋で結ばれているようだ。言い方は悪いが、貧相なローカル駅という印象である。
 

▲浦河駅付近。左手に見えるのは町役場と消防署。

14:28 「新ひだか36km 苫小牧120km」


 浦河市街を抜けると、再び海沿いを走る。寂寞とした風景が続く。

14:36 荻伏(おぎふし)地区


14:54 新ひだか町


 「新ひだか」と言われてもピンと来ないが、旧静内町と三石町の合併によって誕生した町である。日高町が別に存在するから「新ひだか町」と名乗ったのだろうが、もう少しマシな町名を考えられなかったものかと思う。

Wikipediaによれば、当初は静内町と三石町、新冠町との3町合併による「ひだか市」(これもまた、埼玉県に存在する「日高市」と同じ読みになってしまうのだが)発足を目指していたものが、新冠町が離脱し、2町で合併することになったようである。

15:07 道の駅みついし


 道の駅が見えたので、給水を兼ねて休憩を取る。

15:15 鳧舞(けりまい)簡易郵便局


 道の駅がある辺りの地名は「鳧舞」といい、簡易郵便局も設置されている。漢字を見ただけで「けりまい」などとはまず読めまい。北海道屈指の難読地名であろう。

15:34 日高三石駅(ふれあいサテライトみついし)



▲駅前の様子

 列車は長期にわたって運休中で、ちょうど駅前に代行バスがやってきた。ただし乗客は少なかった。

15:41 三石郵便局


16:03 春立(はるたち)地区


 集落内に郵便局があるはずだが、惜しくも16時を過ぎてしまったため、諦めて走り去る。

16:12 東静内


 やっと静内市街に近づいてきた……と思いそうになるが、ここから静内市街までは10km近く離れている。静内市街の東の方、ではなく、「東静内」という名の別の地区を形成している。

16:23 浦和


 ここまで来て、まさかの「浦和」に遭遇。左に広がるフェンスの向こう側は、陸上自衛隊の静内駐屯地である。

16:37 「門別本町36km 苫小牧88km」(真歌地区)


 肝心の新冠までは、あと何キロくらいなのだろうか……。

16:46 静内橋


 静内川河口に架かる静内橋を渡る。左側に架かっているのは日高本線の鉄橋である。ようやく静内市街が見えてきた。

16:54 静内駅前


 日高本線の拠点駅だけあって駅舎は大きく、待合室には代行バスを待つ人の姿も多い。多くは高校生だ。北日本の学校の夏休みは短く、8月下旬には2学期が始まってしまう。
 本当はもうここで今日の行程は終わりにしたいところだが、さらにもう一息、隣の新冠町まで足を延ばす。5分程度休憩を取っただけで、すぐに出発した。

17:07 新冠町


 馬に乗った武将のイラストが描かれている。
 奥州衣川で藤原泰衡の軍勢に攻められて自害したとされる源義経は、実は生き延びて北海道に落ち延び、大陸に渡ってチンギス・ハンになったとする伝説がある。新冠には義経が上陸したと伝えられる岬があり、「判官岬」と呼ばれている。

 新冠市街では今日の夜と明日の朝の分の食糧を購入しておく必要がある。節婦地区では購入できる店がない可能性もあったので、ここで購入しておくのが確実である。目指すのは国道沿いにあるセイコーマート。本当にセイコーマートは、北海道旅行の「命綱」である。

17:37 新冠駅(出会いと憩いのセンター)


 少し寄り道をし、新冠駅を訪問する。日高本線で、節婦は新冠の隣の駅である。ようやく、長かった一日が終わる。
 もっとも、「隣の駅」とは言っても、新冠と節婦の間には軽い山越えがある。疲れている上に重たい荷物をカゴに載せ、その上買い物袋を腕に下げた体勢で(既に鞄はパンパンで、買った食糧を入れる余地などなくなっていた)山を越えるのは、想像以上にしんどいものがあった。おまけに、とうとう雨が降ってきた。

17:51 節婦地区


 ようやく節婦地区に到達する。小雨が降り続いているが、あと一息だ。ここまで来たらもう、雨に濡れながら走ってしまったほうが早い。

17:59 節婦駅前


 到着。最後の最後で雨が降ってきてしまったのは残念だが、今日も目標どおり、日が暮れる前に目的地にたどり着くことができた。


▲ホームから静内方面を望む


▲節婦駅名標


▲線路側から見た駅舎。石に「せっぷ」とひらがなで書かれている。

          ◆

 今日宿泊するのは、節婦集落内にある「旅館宇喜世」というところである。静内市街はもとより新冠地区でも満室を理由に宿泊を断られただけに、空室があっただけでも感謝しなければなるまい。宿は昔ながらの和風旅館といった風情で、客室は和室。風呂・トイレは共同だったが、この際、もうなんでもいい。チェックインをして客室に荷物を置き、ホッと一息ついていると、宿の方が布団を敷きに来てくれた。
 自転車で北海道を旅していることや、明日は苫小牧まで走ってフェリーで帰ると言った話をしたついでに、静内では全然宿が取れなかったが何かあるのかと聞いてみた。

「静内では今、『馬市』をやっているんですよ」

 納得した。
 調べてみると、今年は8月22日(月)から26日(金)まで、つまり明日まで、静内でHBAサマーセール(※HBA=日高軽種馬農業協同組合)というのが開催されているようだった。そのため、静内周辺の宿泊施設は軒並み満室。静内で宿にあぶれた人が、新冠や節婦に流れてきているようだった。「昨日も、馬市に来られた方が泊まっていきましたよ」と言って、宿の方は笑った。

          ◇

 食事の前に、風呂に入った。洗濯は1回100円の洗濯機で済ませた。実は今回の旅で、お金を払ってランドリーコーナーを使ったのは初めてだった。できるなら手洗いで済ませてしまいたかったが、扇風機のない客室では、明日朝までに乾いてくれるか心配だった。
 食事を済ませ、部屋中に洗濯物を吊るすと、することがなくなった。窓の外は雨の音が響き渡り、何となく点けていたテレビは、明日は一日雨になる見込みだと伝えていた。

 私はスマホで、えりも岬で見かけた「青春☆こんぶ」について調べてみた。

 そして、驚いた。えりも岬にはレストハウス「無敵食堂」があり、店内の一角には「青春☆こんぶ神社」が設置されていたらしい。そして「無敵食堂」は今年1月19日の未明に発生した火災によって「青春☆こんぶ神社」もろとも全焼してしまったというのだ。


【参考】
えりも町の萌えキャラ神社「青春☆こんぶ神社」が全焼 当日は風速45メートルの暴風雪

待ってたよ!火事で全焼した北海道えりも町の“萌え神社”のHPがリニューアル!


 道理で、現地に行っても「さんすいかく」の看板以外、「青春☆こんぶ」絡みの話題を全く目にしなかったわけである。こんな神社があるなら、ぜひとも参拝しておきたかったのに。全く事前調査をしていなかったことも含め、かえすがえすも残念である。

 それにしても……と思うのは、ネタとはいえ萌えキャラを神様に祭り上げ、神社まで造ってしまう日本人の「宗教観」である。もちろん、悪い意味で言っているのではない。日本は八百万の神の国、ありがたいものを何でもかんでも神様に祭り上げてきた伝統がある。そうした伝統を踏まえれば、二次元のキャラクターを神として祭り上げるのは、別段不思議なことではない。むしろ日本人の宗教観にマッチした(そしておそらく、一神教を信仰する人には理解できない)行為とすら言えるからである。

 日本人は無宗教、という言い方をしばしば耳にする。確かに日本人は(私も含めてだが)、何らかの宗教を信仰しているという意識のない人がほとんどだろう。神社に参拝したり、お寺で葬儀をしたりお墓参りしたり……といった行為についても、それを宗教的行為と意識している人はあまりいないと思われる。それどころか、クリスマスやバレンタイン、最近はハロウィンまで、その本来の意味を理解しないまま(クリスマスはともかく、ハロウィンの本来の意味を知っている人は稀だと思われる)ドンチャン騒ぎしている有様である。
 だが、日本人が無宗教と言うときの「宗教」というのは、キリスト教的な価値観が支配する欧米人が考える「宗教」、つまり○○教といった名前の付いた、創始者や戒律、経典といったものが存在する「宗教」のことである。「宗教」をそのように捉えた場合、確かに日本人は「無宗教」だということができる。だがそれは、日本人が宗教心とか信仰心を全く持っていないということを意味しない。日本人の宗教心は、もっと人々の心の奥深くに存在し、しかも誰も、それを宗教心と意識しないまま生きているのである。
 私は、日本人の宗教にあえて名前を付けるとすれば、それは「自然崇拝」「祖先信仰」ではないかと思う。そして、太陽や山岳、樹木といった自然物に霊的なものを見出し崇拝したり、祖先を信仰することは、本来、日本人のみならず、あらゆる民族が持ちうる自然な感情であり、原始的な「宗教」と呼ぶべき存在のはずである。
 自然崇拝や祖先信仰という原始的な「宗教」は、しかし、文明の発達とともに次第に衰退してしまった。それに代わって信仰対象として登場したのが、キリスト教やイスラム教といった今日的意味での「宗教」である。今や地球上の人々の多くは、○○教と名の付いた宗教を信じ、その宗教によって規定された神様を信仰している。そして、信仰する宗教をめぐって、醜い争いが繰り返されている。
 ところが日本においては、6世紀に伝来したとされる仏教の影響を受けつつも、原始的な自然崇拝、祖先信仰が今日まで受け継がれてきたといってよい。日本固有の宗教と言われる神道も、自然崇拝や祖先信仰を組織化・体系化したものというべきである。事実、神道における神様は、建国神話に登場する人物の場合もあれば、実在した人物の場合もあるし、はたまた富士山など自然物そのものが神様の場合もある。これは突き詰めて考えれば、自然崇拝や祖先信仰そのものではないかと考えられるのである。
 確かに神道は明治維新以降、「近代化」の名のもとで国家主義を煽る不寛容な宗教へと変容してしまい、人々が元来持っていたはずの素朴な信仰心からはかけ離れたものになってしまった。そうした背景もあり、今日もなお、「神道」に対してネガティブな感情を抱く人も少なくないのが現実である。だが、神道がどんなに不合理なものに変容しようと、その神道の大元になった日本人の宗教心――ありがたいものを何でも神として崇める感情――それ自体は、人々の心の奥底に入り込み、今日まで連綿と受け継がれてきた。日本においてキリスト教をはじめとする一神教が浸透しなかったのは、何よりも、特定の神様が唯一絶対という考え方が日本人の価値観に馴染まなかったからではないかと思われる。

 そして、ありがたいものを何でも神として崇める感情こそが神社信仰の源流にあるとすれば、二次元のキャラクターに「神」を見出し、これを祭る神社を建てることも、何ら不思議なことではないのである。
 事実、二次元のキャラクターは「神」に近い存在だと言っても過言ではない。なぜなら二次元のキャラクターは、現実の女性/男性(三次元)が持つ嫌な部分を極限まで削ぎ落とされ、完全な存在として私たちの前に存在しているからである。しかも、どんなに二次元のキャラクターを崇拝したところで、そこにリスクはほとんどない。観念的な存在であるキャラクターに「裏切られる」ことは考えにくいし(もし仮に「裏切られた」と感じたら、とっとと信仰対象を別のキャラクターに変えてしまえば済む話である)、また逆に、どんなにキャラクターに対して心をときめかそうと、それによって誰かが傷つくこともないからである。

 傷つきたくない、傷つけたくないという気持ちを、「情けない」「草食化(略)」などと言って非難する人も見受けられる。だが、他人を傷つけたくないと思う気持ち(言うまでもなく、これは「傷つきたくない」という感情の裏返しである)を、なぜ非難されなければならないのか。私は、こうした感情をこそ、むしろ大事にすべきではないかと思っている。
 今、世界では強欲な国際金融資本が跋扈し、カネのためならば他者を蹴落とし戦争すら厭わない勢力が暗躍している。そうした勢力に抗い、平和を創るのは、傷つきたくない、誰も傷つけたくないと願う市民一人ひとりの小さな願いなのかもしれない。
 
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