【東北自転車旅行】7日目 弘前⇒三沢 その2

(2) 青森⇒三沢

13:12 青森合浦郵便局
 道の途中に青森中央郵便局もあったが、今回はパスする。時間がないときに、わざわざ中央郵便局を訪れることはない。
 合浦郵便局を出たら、少し先で国道4号線から離れ、旧街道筋に相当する県道259号線を進む。沿道にスーパーマーケットがあったので入ってみると、半額のシールが貼られた食パンが売られていた。喜び勇んで、今日の夕食分と明日の朝食分を購入する。荷物は膨らんでずっしりと重くなったが、これで当面の食糧の心配はなくなった。

13:45 野内郵便局
 青森市の市街地の東の外れにある郵便局。ここ以降、県道は軽い山越えとなる。
 
14:05 久栗坂郵便局
 山越えを終えて坂を下りきると、今度は久栗坂郵便局。この郵便局の少し先で、県道は国道4号線に合流する。

14:07 国道4号線に合流(久栗坂交差点)


 ここから先は浅虫温泉まで、国道は海沿いを走る。

14:12 浅虫温泉


 温泉街が見えてきた。
 ここでちょっと脇道に入り、浅虫郵便局を訪問する。ゴム印は温泉マークの付いた「宝の局名印」だった。
 浅虫温泉を出ると、道は再び上り坂になり、そして平内町に入る。

14:28 平内町


 ここから先は小湊まで、夏泊半島の付け根部分を横断するルートになる。

14:33 「野辺地26km 十和田56km 盛岡191km」


 「野辺地」という地名が、旅情を誘う。
 ・・・・・・が、この辺りから、ちょっとまずいことになったと思うようになった。十和田市まで56kmということは、私の足だとぶっ通しで走っても4時間はかかる。到着は18時半頃だ。そこから八戸までは、完全に夜道になってしまう。しかも、幸いまだ雨は降っていないが、もういつ降り出してもおかしくない空模様だ。大丈夫かな・・・・・・。

14:52 西平内郵便局
 時間と雨のことを心配しながらも、郵便局があるとついつい訪問したくなってしまうのが、私の悲しい性である。もうどうせナイトランは確定なのだし、郵便局も行けるだけ行こうと開き直る。

15:10 小湊郵便局
 ここから少し走ると、「浜子」という地名が付いているところに出る。この辺りがおそらく、今回の旅の最北地点だ。

15:40 清水川郵便局
 国道4号線から離れて脇道に入ったところにある清水川郵便局も訪問。次の郵便局は野辺地町内までないから、今日の旅行貯金はここで打ち止めとする。

15:50 「野辺地9km 十和田39km 盛岡174km」


 車はひっきりなしに行き交うが、寂寞たる風景の道が続く。林立する鉄道防風林が、より一層淋しさをかき立てる。

15:59 再び海沿いを走る

海の向こうに見えているのは下北半島か

16:04 野辺地町


 ようやく平内町を抜け、野辺地町に入る。
 と同時に、ここは「津軽」と「南部」の境界でもある。ここを境にして西側は旧津軽藩、東側は旧南部藩の領域だったのだ。そのことを示す藩境塚が、国道から少し離れたところに建っているようだ(訪問はしなかった)。


「県史跡 津軽南部藩境塚」
 津軽藩と南部藩は犬猿の仲で、その対立感情は現在もなお残っているらしい。もともと津軽家は南部家の家臣だったが、それが豊臣秀吉に取り入って強引に独立したのが原因だとか。


「馬門御番所」と「ようこそ野辺地町」

 ここから少し走ると、国道から野辺地市街へ向かう県道が分岐していく。いつもだったら県道を通って市街地に入り込むところだが、時間がだんだんまずいことになってきたので、市街地に入り込まず、そのまま国道4号線を進むことにする。バイパス道に入ったことで、沿道の風景はより一層淋しいものになった。

16:33 東北町


 残念なことに、この辺りからパラパラと雨が降ってきた。とはいえ、雨脚はさほどではない。これなら、対雨天用装備を装着しなくても大丈夫そうだ。

 ここから少し走ると、国道4号線から県道8号線(八戸野辺地線)が分岐する交差点に出る。当初の計画では、今日はこのまま国道4号線を十和田市まで行き、十和田市から国道45号線で八戸に向かうつもりだった。
 が、ここで私は思い切って計画を変更し、県道8号線経由で八戸に向かうことにした。地図を見る限り、十和田市を経由して八戸に向かうよりは、この県道を経由したほうが多少なりとも近道になるように思われたからだ。

16:38 「乙供12km 三沢30km」(県道8号線)


 県道8号線に入ると、いきなり急な上り坂が待ち構えている。

16:40 南部縦貫鉄道跡(だと思う)


 県道8号線の上り坂を少し進むと、間もなく、南部縦貫鉄道の線路跡と思われる敷地に遭遇する。かつて野辺地と七戸を結んでいた鉄道で、「レールバス」と呼ばれる古めかしい車両を運行していたことで鉄道ファンに親しまれていた。しかし1997年5月をもって「休止」とされ、その後2002年には正式に廃止されてしまっている。
 今回の旅では、できれば南部縦貫鉄道の廃線跡も訪ねてみたいと思っていたが、さすがにスケジュール的に無理だった。でも、こうして線路跡に出会えただけでも収穫だ。

 長い長い急坂を登りきると、千曳の集落に入る。そこから先は逆に急な下り坂になる。
 それにしてもこの道は、何ともすごい道だ。何しろ、人家のほとんど見当たらない鬱蒼とした森の中をひたすら突き進むのだ。まさに、分け入っても分け入っても青い森。さすがは青森県である。交通量も少なく、快適な道には違いない。ただ、夜は絶対に走りたくないとも思う。

16:53 農地と森が広がるだけ


16:58 青い森の中をひた走る


17:15 乙供(おっとも)


 どこまでも続く青い森にさすがに心細さを覚えた頃、ようやく県道は乙供の集落に入る。ここから先、県道はアップダウンの連続になり、少しずつ強まりつつある雨脚も手伝って、だんだんと疲れてくる。暗く前に距離をできるだけ稼いでしまいたいとは思うものの、全然足に力が入らない。

17:27 七戸町


 乙供と上北町との間で、一瞬だけ七戸町の領域をかすめる。

 鬱蒼とした森から再び町中に入ると、ようやく上北町である。「上北」とは下北に対する上北で、かつては上北町という独立した町があったが、今は東北町に吸収されている。
 雨脚が強まってきたので、「道の駅おがわら湖」で対雨天用装備を装着する。道の駅を発った時、時刻は既に18時に迫ろうとしていた。

 これが、苦難の道のりの始まりだったのだ。

 とにかく、行けども行けども町にたどり着く気配がない。鬱蒼とした森がどこまでも続くだけだ。しかも道はアップダウンの繰り返しで、交通量も多い。全く車が通らないのに比べればマシといえばマシかもしれないが、道幅が狭く歩道もないだけに、車をやり過ごすのは面倒だ。
 その上、日没が迫り、辺りが段々と暗くなってきた。
 辺りが暗くなれば、車はライトを点ける。それは当然なのだが、対向車のライトのせいで、一瞬周囲が全く見えなくなる。しかも眼鏡についた水滴のせいで、前方すらよく見えなくなってくる。
 まずい。これは非常にまずい。
 何しろ、標識やその他案内表示の文字が、よく見えないのだ。
 行けども行けども青い森、連続するアップダウン、迫る夕闇、降りしきる雨、よく見えない標識・・・・・・。
 次第に私は、精神的に追い詰められていった。

 「三沢市」の表示が見える。どうやら間違いなく、三沢市街には近づいているらしい。だがそれでも、行けども行けども街にはたどり着かない。ようやく街の気配がしてきても、また上り坂。自分は一体今どこを走っているのか、そもそも自分は何の因果でこんなことをしているのか、だんだん訳が分からなくなってくる。
 ほとんど涙目になりながら自転車を走らせていると、唐突に、単線の線路が現れた。

 ――そういえば、三沢には米軍基地に向かう専用線があったはず・・・・・・。

 そして少し走ると、今度は唐突にアーケード街が現れた。

 ――三沢市街だ!

 良かった、ちゃんと自分、三沢に向かって走っていたんだ・・・・・・。
 とりあえず、アーケードの下に入って一旦自転車を停め、地図で現在位置を確認する。それから八戸のビジネスホテルに電話連絡を入れ(携帯の発信履歴によれば、どうやら18時39分に電話をかけたようだ)、到着が遅れる旨と「20時から21時頃到着予定」と伝える。それから改めて地図を広げ、八戸までの道順を確認するが――
 不安が募ってきた。
 野辺地からここまでの道の状態から考えて、ここから八戸までの道のりも、アップダウンの連続、そして人影のほとんどない道になると思われる。加えて、雨が降っていて地図も取り出しにくい、標識もよく見えない、ルートは必ずしも一本道ではない・・・・・・

 ――今日はもう、ここで打ち切ったほうがいいんじゃないのか?

 しかし打ち切る決心もつかず、私はとりあえず、三沢駅に向かうことにした。
 三沢駅までの道のりも、えらく遠く感じた。
 本当に三沢駅に向かっているのか、だんだん不安に感じてきた。
 だから駅の明かりが見えたときは、本当にホッとした。

 駅舎の屋根の下に駆け込み、地図をにらみながら、改めてこれからどうしようか考える――が、私はついに、今日はここで打ち切ることに決めた。雨の中、慣れない暗い道を無理して走ろうものなら、下手をしたら遭難しかねない。まあ遭難はオーバーだとしても、道に迷って「ここはどこ、私は誰」状態にならないとも限らないし、事故に遭う可能性もある。幸い三沢から八戸までは鉄道が通じていることだし、今日はここに自転車を置いて、列車で八戸に向かったほうがいい。明日の行程が非常にタイトなものになりそうだが、今日はもう、これ以上走るのは危険だ。

          ◆

 駅の脇に駐輪場があったので、そこに自転車を停めた。そして券売機で、宿の最寄り駅である本八戸までの切符を買う。730円もしたが、致し方あるまい。これで無事に宿に着ける、そんな安心感でいっぱいだった。
 19時27分、青い森鉄道の八戸行き普通列車がやって来た。乗ってしまえば列車は呆れるくらいに速くて快適で、モーターを高らかに唸らせながら夜の闇の中を疾走する。鉄道って偉大なんだと、そう思わずにはいられなかった。ひと頃に比べて「鉄道離れ」が進んだとはいえ、私はやはり、昔も今も鉄道ファンなのだ。
 終点の八戸駅で、今度はJR八戸線の久慈行き列車に乗り換える。発車時刻まで少し間があったが、コンコースは身震いするほど寒い。列車にさっさと乗り込み、そこで暖を取る。窓を叩きつける雨粒の音が響き、ガラスは結露で完全に曇っている。昼間の暖かさが嘘のように、八戸には冷たい雨が降り続けていた。


八戸駅構内にあった顔はめパネル


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