【東北自転車旅行】8日目 三沢⇒宮古 その1

(1) 三沢⇒久慈

09:14 三沢駅前


 雨はまだぱらついているが、これなら雨合羽を羽織るほどではなさそうだ。荷物に防水用のゴミ袋を被せるだけにとどめ、出発する。
 青森県道8号線の三沢以南もけっこう起伏のある道だったが、昨日ほどではない。沿道は森林よりも田畑が目に付く。
 
09:41 国道45号線交点


 ここで左折し、国道45号線に入る。国道45号線は十和田市で国道4号線から分岐し、三陸海岸を通って仙台に達する道だ。さすがに国道だけあって、県道と比較して断然走りやすい。これだったら雨降りしきる夜道でも何とか走れそうだったような気がした。気のせいかもしれないが・・・・・・。

09:45 「八戸15km 久慈70km」


 国道45号線に入って少し走ると、この案内表示が現れる。平均時速15kmで走ると仮定すると、久慈まで4時間40分もかかる計算だ。到着は14時20分頃か。

 第二みちのく道路・百石(ももいし)道路と交差するところで右折し、今度は百石道路に並行する道を走る。歩道もしっかり整備されていて、走りやすい道には違いない。だが風景は単調で、旅情からはほど遠い。

10:02 「久慈63km 宮古152km」


 百石道路に並行するパイパス道を走っていたところで、ついに宮古までの距離を示した案内表示に出会う。単純計算で、宮古まで10時間もかかる計算だ。到着は20時ごろ。これは大変だ。
 今日は時間もないことだし、むやみに旧道を走ったりせず、このままバイパス道を通って八戸市街まで行ってしまう。

10:28 八戸市街


 本八戸駅や八戸市庁(八戸市では、市役所のことを「市庁」と呼んでいた)の方向を示す案内表示が出ている。ようやく、ここまで戻ってきた。

 ここから先、国道45号線は岩手県に入るまでずっと内陸部を走る。おかげで道は上り坂で、寝不足の身にはかなり堪える。時間があれば種差海岸沿いを通る県道1号線を走ってみたいと思っていたが、もはやそんな余裕はどこにもない。内陸部を、ひたすら近道する。もちろん道中に郵便局が現れても無視だ。

11:13 階上町


 雨はほぼ止んできた。
 余談だが、この写真の左端には野田佳彦のポスターが写っている。ところが岩手県に入ると野田佳彦のポスターは一切姿を消し、代わって小沢一郎のポスターばかりが目に付くようになる。

11:43 岩手県に突入


 アップダウンを繰り返しながら内陸を走るうち、国道は岩手県に突入する。地図で見る限り、海岸線から1kmと離れていない場所を走っているはずだが、海など全く見えない。相変わらず内陸の風景がどこまでも続く。

11:53 種市


 洋野町の中心、種市に到着。

11:58 「たねいち海浜公園」への曲がり角


 国道45号線沿いから海が見えるのは、ここが初めてだった。
 ここから先は、いよいよ海岸線に近い場所を走る。それは同時に、震災による津波被害と否応なしに向き合わなければならない区間に入るということでもある。ほぼ並行して走るJR八戸線にしても、種市以南の区間が復旧したのは3月18日(2012年)。つい先日のことである。


 上の写真とほぼ同地点で撮影。「久慈29km 宮古122km」の表示が立つ。
 足取りは遅いが、確実に前に向かって進んでいる。

12:07 海が見えるが国道は高台に敷かれている


12:19 宿戸―陸中八木間の大浜川付近

「これより先 津波浸水想定区域」の文字が緊張感を誘う。


海が近い

 ここから少し進んだところで、ついに「あの場所」にたどり着く。

12:21 JR八戸線 大浜川橋梁


 先の東日本大震災津波で、八戸線はこの大浜川橋梁が流失する被害を受けた。八戸線ではここ以外にも、海岸線に近い所を走る宿戸―陸中中野間で線路流失、駅舎損壊などの被害が発生し、復旧まで長期間を有する結果となった。それでも震災後1年での復旧にこぎつけたのは、地元が「元のルートでの復旧」を決断したことが大きい。明日以降訪れることになる三陸海岸南部では津波被害が大きく、沿線集落の高台移転問題とも絡み、JR線は全く復旧の見通しが立っていないのが現状である。

(写真拡大↓↓)

 この写真では見づらいと思うが、鉄橋の向こうには緑色のドラム缶が7本立ち、ペンキで「ありがとうJR」の文字が書かれている。『鉄道ジャーナル』6月号の記事によれば、八戸線の復旧に際し、地元の漁師たちが書いたものだという。ドラム缶の裏側には「新しいスタート」の文字が書かれているとのこと。

12:33 「地震があったら津波に注意 津波一次避難場所 ここは海抜約18.9m」


 あの震災があった後とあっては、こういう看板が異様に生々しく迫ってくる。


同地点より海側を望む。
 海岸線からかなり離れているように見えるにもかかわらず、津波浸水想定区域に指定されている。

12:36 「津波浸水想定区域 ここまで」


 上り坂をヒイヒイ言いながら自転車を進めると、ようやく津波浸水想定区域が終わる。足腰の弱い人がここまで避難するのは、本当に大変そうだ。「地震が起きたら高台に避難すればいい」では済まされない問題が、そこには厳然と横たわっている。
 ここから先、国道は海岸から離れ、再び内陸部を進む。

12:38 「久慈19km 宮古112km」


 連続するアップダウンがしんどい。

12:54 久慈市


 ようやく久慈市に入る。とは言っても、ここから久慈市中心部まで、まだ10km以上もある。行けども行けども上っては少し下り、また上って・・・・・・の繰り返しである。
 それがある地点まで来ると、一挙に長い下り坂になる。そして、カーブの連続する下り坂を駆け抜けていくと、不意に視界が開け、今までの山ばかりの景色が嘘のように平地が広がる。久慈市の市街地に入ったのだ。


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