【東北自転車旅行】9日目 宮古⇒気仙沼 その1

9日目【2012年5月12日(土)】 宮古⇒気仙沼 約142.6km



(1) 宮古⇒陸中山田

 今回の旅の準備で一番大変だったのは、三陸地方の宿の予約だった。
 震災から1年以上経った今でも、未だに営業再開していない宿が結構ある。そして営業している宿も、満室だったり、料金が高いことが多いのだ。
 いや、値段のことはこの際置いておこう。が、それにしても、宿泊予約サイトを開いても「満室」や「空室わずか」なケースが結構多かったのは、私にとっては予想外だった。

 ――観光客が、戻り始めているのだろうか?

 それで宿が賑わっているのだとしたら、それはある意味、喜ばしいことだった。観光によって被災地にお金が落ちれば、被災地の経済が回り出す。中央の補助金に頼らない、被災地の経済的自立。それは長い目で見たとき、復興に向けた確かな一歩となるからだ。
 でも。

 ――でも、ここにいる人たちは、本当に「観光客」なのだろうか?

 「休暇村陸中宮古」の朝食バイキング会場で大食い選手権張りに大食いをしながら、私はそんなことを考えずにはいられなかった。
 食堂は大変に賑わっている。随分と大勢の宿泊客がいたものだ。でも、客層を見てみると、もちろん観光客らしい人たちも目に付くけれど、しかし一方では、仕事で来たような雰囲気の人も、結構目に付いたからだ。

「復興特需」

 その言葉が、脳裏に浮かぶ。
 もちろん、個々の宿泊客がどういった目的でここに来ているのか、そんなことまでは分からない。「仕事で来たような雰囲気の人も目に付く」というのも、私の単なる思い込みかもしれない。けれど――
 やはり今、被災地の経済を支えているのは「復興特需」なのだろうか。
 
          ◆

08:30 休暇村陸中宮古(出発)


 よもや「姉ヶ崎」を再訪することになるとは思わなかった。
 そして、「姉ヶ崎」にあったあの宿に泊まることになるとは思わなかった。
 最初、私は宮古の市街地で宿を探してみた。が、見つからない。手頃な料金で空室のある宿は、ここしかなかったのだ。さすがに公共の宿だけあって、料金はまあ、良心的なほうである。だが、泊まる1ヶ月近く前に予約をしたにもかかわらず、空室がほとんどなかったのには驚いた。

 今日は三陸海岸を南下し、気仙沼まで走る。「道路時刻表」のデータによれば、宮古から気仙沼までは約140kmもある。おまけにリアス式海岸を走る道だ。坂道の上り下りの連続になるであろうことは、想像に難くない。
 そんなわけで、今日もなるべく早め早めで行動することにする。昨夜みたいに真っ暗な山道を走るのは、もう二度とごめんだ。

08:48 国道45号線を宮古駅へ


 姉ヶ崎から宮古駅までは、以前走ったことのある道だ。周りが明るいおかげで、懐かしさに浸ることができる。
 崎山交差点から宮古市街にかけては、急な下り坂になっている。早めにブレーキをかける。もう昨日のような失敗はしない。それでも、スピードがどんどん上がる。すごい勾配だ。後ろから車が近づいてくる。さっさと追い越して欲しい。でも車は、私を追い越そうとしない。下り坂でスピードを出して追い越すのは、さすがに怖いのだろう。何となく、運転手の苛立たしげな表情が目に浮かんだ気がした。

09:08 宮古駅前


 急坂を下って宮古市街に入ったとき、私は思わず「あれっ?」と思った。風景が、2年前に来たときとあまり変わっていないのだ。宮古市役所の建物も昔のままだし、国道から分岐して駅に向かう道も、震災前と変わっていないように思われた。マスコミ報道で頻繁に流された、廃墟と化した市街地の姿を想像していた私にとって、これは意外だった。
 もちろん宮古駅も震災前と全く変わらない姿のままで、「頑張ろう宮古」と書かれた横断幕が掛かっていなかったら、震災があったことさえ忘れてしまいそうな、そんな平和な風景だった。


三陸鉄道の宮古駅前。イベントの準備が行われていた。

09:18 崩落した第34閉伊川橋梁


 震災の爪痕は、突然、目の前に現れた。
 JR山田線の宮古―磯鶏(そけい)間に架かる第34閉伊川橋梁。その橋桁の崩落した姿が目に飛び込んできたのだ。
 そして国道45号線を釜石方面に向かって進むにつれ、徐々に、土台だけが残る建物の跡、破壊されたままの建物が目立つようになってくる。


宮古市藤原。この付近ではまだ、津波被害を受けているような気配はないが、


少し進んで海に近づくと、更地になった土地、破壊されたままの建物が現れる。


津波が建物を突き破ったのだろうか。(宮古市磯鶏付近)

09:44 津軽石付近


 建物の土台だけが残る。

10:05 津軽石―豊間根間
 津軽石を過ぎると、豊間根を経て陸中山田(山田町)までは海岸線から離れ、山間部を走る。徐々に上り勾配がきつくなってくる。
 JR山田線の線路も一歩内陸に入れば全く無傷で、今にも列車が走ってきそうだ。

10:12 豊間根駅付近


 ここから陸中山田にかけて、峠を越える。ツーリングマップルには「ブナ峠」の名が記されている。
 今日はよく晴れて気温も上昇していたため、上り坂はかなりきつかった。しかし、峠を上りきってしまえば、爽快な下り坂が待っている。坂を下りきったところが、山田町の市街地だ。眼前に、海が広がる。だが・・・・・・。

10:46 山田町
 そこには一面、破壊されつくした町並みが広がっていた。


更地の中に建つ「ほっかほっか亭」。仮設店舗と思われる。


国道から市街地方面を見る。


沿道にあった神社。階段の踊り場から下の手すりは折れ曲がっており、津波が踊り場付近まで来たことを窺わせる。


こんなに綺麗な海なのに・・・・・・と思わずにはいられなかった

10:53 陸中山田駅付近
 この光景には、さすがに呆然とした。


奥の方には家屋が残るが、手前は更地と化している。


駅舎があった場所。火災で焼け落ちた駅舎は取り壊され、バスの待合所が設けられている。


被災したホーム


「駅前」の風景


ホームから宮古方面を望む


釜石方面。レールは既に撤去されている。

 陸中山田から先、しばらくは海岸線に近い場所を走る。とは言っても三陸海岸なので、基本的には山道が続く。沿岸部が津波により壊滅的な被害を受けていても、一歩内陸に入ってしまえば全く平穏な風景が広がっている。


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