【東北自転車旅行】13日目 水戸⇒池袋 その2

(2) 土浦⇒池袋

13:48 牛久市

 
14:04 牛久駅付近


14:29 東京まで50km


14:33 龍ヶ崎市


14:47 取手市


 ここで左折し、藤代駅方面に向かう。藤代宮和田郵便局、藤代郵便局を訪問する。
 今日はもう帰るだけだし、時間にも多少余裕があったので、国道6号線から離れてちょっと寄り道をし、藤代清水郵便局、取手新道郵便局、取手一郵便局を訪問する。最後の取手一郵便局の時点で時刻は15時50分になっていたので、ここが今回の東北自転車旅行で最後の訪問局となった。

15:56 大利根橋


 利根川に架かる橋。この橋を渡ると、いよいよ茨城県から千葉県に入る。
「東京まで38km」のキロポストも立つ。

16:00 千葉県我孫子市


 県境の長い橋を渡ると千葉県だった。歩道の舗装がボコボコになった。インターチェンジで、道が分からなくなった。
 ・・・・・・というのは半分冗談だが、しかし半分は本当である。車道は路肩がほとんどない上に交通量が多く、とてもではないがママチャリで走れるような状態ではなく、やむを得ず歩道を走ることになる。が、この歩道も狭い上に舗装もボコボコで、走りにくいことこの上ない。まあ千葉県の道路だし、仕方がないか・・・・・・。

 我孫子駅付近から柏駅付近までは、数ヶ月前に千葉県一周自転車旅行で走った場所。あの道って、明るいときに走るとこんな感じなんだ。

16:29 柏市


17:26 松戸駅付近(新京成線の橋脚)


 千葉クオリティーの道路が続く。

17:47 新葛飾橋


 江戸川に架かるこの橋を渡ると、東京都葛飾区である。長い長い旅だったが、ついに東京都まで帰ってきた。
 そして東京都に入った途端、歩道の状態がよくなった。

17:53 京成金町線の踏切


 車道は立体交差になっているとはいえ、天下の国道6号線にこうして踏切が残っているというのも面白い。
 この少し先では、JR貨物線の踏切もあった。そこは車道も立体交差になっていなかったが、貨物列車の本数自体が少ないので、何とかなっているのだろう。

18:02 中川大橋の夕陽


 長い旅の最後を飾るにふさわしい夕焼けだな、となぜだか感動してしまった。

18:21 四ツ木橋


 この橋を渡ると、葛飾区から墨田区に入る。
 正面には、開業を間近に控えた東京スカイツリーの姿も見えた。

18:36 言問橋


 平安歌人・在原業平の歌「名にし負はば いざこと問はむ都鳥 わが思ふ人は ありやなしやと」にちなむとされる言問橋を渡ると、もう台東区の浅草である。こうして橋をいくつも渡っていると、改めて東京とは「水の都」なのだと思わさせられる。
 池袋に向かうには遠回りになるが、せっかくここまで来たことだし、江戸時代の五街道の起点、そして今でも国道6号線の起点になっている日本橋まで行ってみることにした。


隅田川の夕景

 空が急速に暗さを増す中、日本橋に向かってラストスパートを駆ける。でも、空が暗くなっても、街は暗くならない。街灯、ビルから漏れる光、車のヘッドライト、お店の看板、ネオンサイン。あらゆる光が、東京の夜を埋め尽くす。空がどんなに暗くなっても、この街は決して暗くならない。

 私は、5日前に走った宮古の暗闇を思い出していた。
 街灯一つない山道。延々と続く上り坂。たまにしか通らない車。
 自転車のヘッドライトの弱い光が照らす、足元の白線だけが頼り。
 あの場所では、空が暗くなってしまえば、本当に真っ暗闇だった。
 怖かった。
 だから、明かりは本当に頼もしかった。そして優しかった。
 でも、東京ではどうだろう?
 空が暗くなっても、当たり前のように街は明るくて。
 光のありがたみも意識することなく、当たり前のように光に包まれている私たちがいる。
 その光を生み出すのは、電気。
 つい最近まで、その電気は、遠く福島や新潟の原発から送られてきていた。
 でも、あの震災まで私たちは、そんなことも全く意識しなかった。
 電気があるのが当たり前だった。
 電気がどこで作られているのか、どうやって作られているかなんて、全く考えなかった。
 けれど、震災が起こった。原発が爆発した。
 計画停電が実施された。節電が実施された。
 警戒区域に住む人たちが、故郷を追われた。全国に散り散りになった。
 そして、今。
 この国の原発は、全て止まった。

 いま、原発の再稼動を声高に訴える人たちがいる。
 夏の電力需要に対応できない。企業が海外に逃げ出す。だから原発を動かせ。
 でも、ちょっと立ち止まって考えてみたい。
 今まで私たちは、電気の大切さに、あまりにも無頓着ではなかったか?
 電力不足を訴える前に、電気の使い方を見直すぺきではないのか?

 原発事故はこの国から、あまりにも多くのものを奪った。
 それは、原発周辺に住む人たちの大切な故郷であり、
 福島で暮らす人たちの安全であり、福島に対する誇りであり、
 そして、海外における「日本」に対する信頼であった。

 事故の危険だけではない。
 原発を動かせば、高レベル放射性廃棄物が不可避的に発生する。
 その処分方法も決まっていないのに。決まる見通しすらないのに。
 目先の経済的利益のために、原発を動かせだなんて。
 将来の世代に対して、あまりにも無責任ではないのか?

 ・・・・・・と、そんなことを考えずにはいられないほどに。
 とても、同じ日本とは思えないほどに。
 東京の夜は、あまりにも眩しすぎた。

18:58 三越前


 案内表示に従い、国道6号線を進む。
 交差点を曲がる。国道4号線と合流する。
 右前方に、三越百貨店のビルが見えてきた。その向こうには、首都高速道路のガードが見える。あの下に架かる橋が、日本橋だ。
 19時00分、日本橋に到着。13日間かけて1800km近くを走った、東北一周の長い長い旅が、終わった。



          ◆

 ・・・・・・いや、まだ終わりではなかった。
 家に帰り着くまで、旅は終わったとはいえない。日本橋から池袋まで、約10km。夜の闇の中、最後の力走だ。もう身体は完全に疲労困憊で、スピードもあまり出ない。普段だったら絶対に追い越されることのないような自転車に、いとも簡単に追い越されてしまう。でも気にしない。たとえスピードは遅くとも、私は今までずっと、このママチャリで東北一周をしてきたのだ。技術や瞬発力には劣っても、持久力では負けない。
 皇居の内堀に沿って、自転車を走らせる。ランニングをしている人が大勢目に付く。その横を、自転車でゆっくり通り過ぎる。そして九段下、飯田橋、江戸川橋――と進んでいく。
 何度も通ったことのある道。辺りは暗くとも、どこを走っているかは身体が覚えてしまっている。
 新目白通りを通り、高田馬場まで行く。そして、山手線の線路沿いの道を目白まで駆け上がる。急坂。神田川の谷底から、台地の上に出る。目白からは「近道」を通り、椎名町へと走り抜ける。
 そして19時51分、椎名町駅前。
 長い長い旅が、今度こそ、終わった。


                       《 東北自転車旅行  完 》


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コメント

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私もママチャリでどこまでいけるか試したことがあるのですが
一日で100kmが限度でした。

それを毎日東北一周とは素晴らしい。
若い時でしかできないでしょうね。羨ましいです。

東北編面白かったです。
次は北海道を読みます。

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