【東海北陸自転車旅行】7日目 敦賀⇒金沢 その1

7日目【2011年5月31日(火)】 敦賀⇒金沢(155.09km)



(1) 敦賀⇒南今庄

07:25 出発
 今日の目的地は金沢である。相当の長距離になることが予想されるので、なるべく明るいうちに距離を稼ぐべく、早めに出発する。
 
 ところで、敦賀から金沢まで向かおうとする場合、問題となるのは福井市までのルートである。敦賀と福井の間には木の芽峠という難所が立ちはだかり、国道8号線は木の芽峠のはるか北方を迂回して武生付近(越前市)で福井盆地に入るというルートを取っている。
 他方、木の芽峠の直下をトンネルで抜けるというルートも考えられる。これは北陸本線の線路とほぼ並行するルートで、国道476号線→木の芽トンネル→国道365号線と進み、武生で国道8号線に合流する。
 どちらのルートにも一長一短があるので迷うが、私は思い切って、国道8号線ルートでも木の芽トンネルルートでもない、「第三の道」を走ってみることにした。
 北陸本線の線路改良により廃止されたルートの跡が、道路に転用されている。そこを走るのだ。もちろん、鉄道の廃線跡ならば勾配も緩やかだろう(※注)、という期待もあった。

(※注)鉄道は勾配に弱いため、最急勾配は原則として25‰と定められている。

07:33 交直セクション


 北陸本線の米原(のち長浜)―敦賀間が直流化されたことにより、敦賀以南は京阪神直通の電車が走るようになった。一方、敦賀以北は交流電化のままのため、敦賀以南と以北とを直通する列車には、交流・直流どちらの電源でも走れる車両が使用される(この車両が、かなりの高額だと言われている)。そして、敦賀駅と次の南今庄駅との間には電気が流れない「デッドセクション」と呼ばれる区間が設けられており、ここで交流と直流を切り替えるようになっている。

07:37 北陸トンネル敦賀側入口


 デッドセクションを過ぎて交流電化になった北陸本線の線路は、そのまま木の芽峠の直下を貫く北陸トンネルの中へと消えていく。
 この北陸トンネルが開業したのは1962年で、これにより明治時代に建設された敦賀―南今庄間の旧線は廃止された。これから自転車で走るのは、その北陸本線旧線を転用した道路である。

07:40 北陸自動車道と並走する


07:46 敦賀市樫曲(国道476号線)


 早速、鉄道の遺構らしきトンネルが!



07:53 北陸本線旧線を転用した区間(国道476号線)


07:58 新保駅跡の記念碑


08:14 敦賀市葉原(はばら)(国道476号線)


 国道はここで右の方に折れ、木の芽トンネル方面に向かう。一方、北陸本線旧線は直進し、杉津(すいづ)方面に向かう。
 神社の境内を横切り、旧線跡の道路をそのまま進む。ここから先は杉津まで、旧線跡の道路は「市道」という扱いだ。

08:18 市道を走る


 右側に並行するのは北陸自動車道。

08:26 交互通行のトンネル


 鉄道の単線トンネルだっただけにトンネル断面積は小さく、トンネル内は片側交互通行となっている。トンネル入口には信号機が設けられ、青になるまでは進入不可。

08:45 杉津付近(県道207号線)


 杉津から今庄までの旧線跡は、福井県道207号線(今庄杉津線)となっている。
 基本的には森の中を走るが、時折、沿道から敦賀湾を望むことができる。敦賀湾の向こうに見えるのは敦賀半島で、半島の突端付近には敦賀原発が立地しているはずだ。(半島の西海岸には高速増殖炉「もんじゅ」や美浜原発も建つ)

08:50 県道になった北陸本線旧線跡を進む


08:52 短いトンネルなので対面信号機はない


08:53 またトンネル


 距離が長いとちょっと怖い。対向車が来ないかひやひやする。
 今日は雨は降っていないが、地下水が漏れ出てくるのか、トンネル内は常時水が滴り落ちてくる。まるでトンネルの中だけ雨が降っているようだ。

08:57 再び敦賀湾が見える


09:00 山中トンネル(敦賀側入口)


 このトンネルを抜けると、敦賀市から南越前町に入る。「嶺南」と「嶺北」の境界線でもある。
 長大トンネルのため、対面信号機が設けられている。信号が青になるのを待って出発する。

09:12 山中トンネル今庄側入口


 この場所はかつてスイッチバックの山中信号場があったところで、待避線の遺構も残っている。(右が現在県道として使用されているトンネル。左のトンネルは折り返し線用のもの)
 山中トンネルを抜けると、以降は南今庄駅に向かって一方的な下り坂になる。


解説板


信号場付近の現在の風景

09:19 スノーシェッドも残る


09:24 大桐の集落




 まだまだ下り坂は続く。

09:27 大桐駅跡


 大桐の集落の中ではなく、集落を抜けてかなり先まで進んだ平らな場所にある。信号場としての役目が主で、旅客取り扱いはオマケのようなものだったのだろう。


解説板
 
 明治41年3月1日、北陸線の難所といわれ、山中トンネルを頂点とした25/1000の勾配を
 有し、列車運転の緩和とスイッチバックの拠点として大桐信号場が開設された。
  その後地元の要望に応え同年6月1日停車場に昇格し、旅客、貨物の取扱営業を開始し
 た。
  当時、旅客7本、貨物6本、計13往復の列車が運行された。昭和37年6月9日、
 北陸本線複線電化の近代化により、新線開業と共に廃止となる。
  その間54年の永きに渡り、生活物資の輸送等、住民のシンボルとして大きい役割を
 果たした。



大桐駅跡周辺。平坦な場所に駅が設けられていた

09:35 北陸トンネル今庄側出口



新線に合流する

09:37 南今庄駅前(敦賀から24.72km地点)


 周辺には何もなく、「秘境駅」のひとつに数える人もいる。
 北陸本線の線路付け替えにより大桐駅が廃止された際、その代替措置として設けられた駅だと言われている。


南今庄駅に進入する普通列車

 ここからしばらく走ると、今庄駅付近で、木の芽トンネルを抜けてきた国道365号線に合流する。



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