【東海北陸自転車旅行】9日目 富山⇒上越(直江津) その2

(2) 入善⇒糸魚川

11:43 朝日町


 朝日町の市街地に泊駅が設けられているが、県道60号線から離れているので訪問せず。そして、市街地を抜けると、いよいよ県道は海沿いに躍り出る。
 
11:56 海沿いの道


 北陸本線が並走する。

 海沿いの道を進むと、やがて「宮崎・境海岸」の案内板が現れる。宮崎・境海岸は翡翠の原石が採取できる海岸としても知られている。ただし、一見すると翡翠のように見えても、実は全く違う石であることも多いとか。素人が翡翠を見つけるなど至難の業なのだ。考えてみれば当たり前で、宝石がそこらにゴロゴロ転がっていたら、それはもう宝石ではなくなってしまう。宝石を宝石たらしめているのは、「美しさ」と同時に「希少価値」でもあるのだ。

 ・・・・・・でも、きれいな石は宝石だけじゃない。
 「ただの石」にも、本当はちゃんと名前がついていて。
 「ただの石」にだって、きれいな石はたくさんあるのに。
 宝石ばかりを追い求めている人たちは、はたして、そのことに気付いているだろうか。

12:10 越中宮崎駅付近


 踏切を渡った先で、国道8号線に合流する。

12:11 越中宮崎駅ホーム


 北陸新幹線の早期実現を訴える大きな看板が目立つ。しかし、北陸新幹線ができても、この付近の住民に直接的な恩恵はない。それどころか、並行在来線のJRからの経営分離という形で、むしろ負担が増すだけのようにも思えるのだが。

12:16 国道8号線から、境の集落へ向かう県道が分岐する


 国道は急坂を登っていく。対して、集落に入り込む旧道は平坦。ここは当然、旧道を進む。旧道沿いには郵便局もある。

12:20 境郵便局
 ここは県境、越中と越後の境界に位置する集落。だから境。何とも分かりやすい。いよいよ、富山県の東の果てまで来たのだ。

12:28 境川橋


 県境を「境川」が流れ、その境川に「境川橋」が架かっている。この橋を渡れば、新潟県だ。


北陸本線の線路も間近に

12:29 新潟県糸魚川市


12:33 「上越64km 長岡134km 新潟196km」


 上越(直江津)まであと64km。思ったよりも速いペースで走っている。

12:35 市振駅


 ここから青海にかけて、天険・親不知海岸を走る。市振はむしろ富山県側との結びつきが強い集落で、ここはまだ電気も60Hz地帯である。ただし、新潟県に入っているので東北電力の管轄らしい。市振地区だけ北陸電力から電気の融通を受けているのだろうか。

 なお余談ながら、電気の周波数についてはよく「糸魚川を境に、東側は50Hz、西側は60Hz」という言い方をされるが、実際には両者の境界線は親不知付近にあるらしく、糸魚川市街は50Hz地帯らしい。地理的な条件を考えれば、納得のいく話である。親不知海岸はまさに、東日本と西日本の境界線なのだ。

12:45  市振郵便局
 国道8号線から離れて旧道に入ると、市振郵便局がある。ここで旅行貯金をする。「奥の細道一つ家に 市振郵便局」「謡曲『山姥』の里 市振郵便局」「天下の険 市振郵便局」と、3種類の「宝の局名印」が用意されていた。

12:49 国道8号線合流地点


 市振郵便局から急坂を登ると、国道8号線に合流する。その付近で、背後を振り返る。日本海の景色が印象的だった。

 しかし、前方の国道8号線はと見れば・・・・・・。


洞門

 ここから先、親不知海岸を抜けるまでは、断崖絶壁にへばりつくような場所を走る。このような洞門も多い。洞門には歩道はない。路肩スペースもほとんどない(というより、砂が積もっていて走ると危険)。しかも上り勾配。車がやってくるたび、ひやひやする。自転車にとっては、まさに天険の道である。

12:59 洞門内部


 上り勾配でスピードは出せないし、後ろから車がやってきたような場合、無理せずに道路の端に止まってやり過ごすようにした。ふらふらしながら走ったら、かえって危険だ。そして、車が途切れたのを見計らって出発。神経を使う区間だ。

13:07 天険トンネル迂回路


 自転車はトンネルに進入できず、海側の迂回路を進むよう求められる。


迂回路側から見た天険トンネル入口

13:11 迂回路


 舗装はされているが雑然とした感じで、道路には折れた枝や石ころが転がっている。走りながら、パンクしないかとひやひやした。


うみ

 迂回路を抜けて国道8号線に合流すると、以後はカーブを描きながら坂道を下っていく。道は相変わらず狭いままで、今度はスピードを出しすぎないよう注意を要求される。

13:21 親不知インター付近


 海の上に高速道路の橋脚が並ぶ。親不知の景観を破壊したと批判されている場所でもある。
 私は国道8号線を離れて脇道を進み、親不知駅方面に向かう。

13:31 親不知駅



駅舎

 駅近くには郵便局もあり、旅行貯金をする。
 脇道はすぐに、再び国道8号線に合流する。
 そして国道8号線には、立派な歩道が設置されていた。だが・・・・・・。

13:53 立派な歩道が洞門の向こうまで延びるが・・・・・・


 こんな道にも歩道をしっかり設置してくれるとは、国交省もなかなかやるな。そう感心しながら、歩道を進む。しかし・・・・・・


途中でいきなり歩道が途切れる

 何これ? ふざけてるの?

 一瞬だけ抱いた感心は、すぐに失望に変わる。

 しかも、この場所から車道に下りることもできない。結局、洞門の入口のところまで戻ることを余儀なくされる。歩道が途切れるなら途切れるで、せめて手前に表示の一つでも立ててくれればいいのに、それすらない。何でこんな中途半端な歩道を造ったのか、全く意味不明である。こんな歩道なら、むしろ無いほうがありがたい。

 そんなこんなで国交省に怒りを覚えつつ、どうにか親不知海岸の恐怖の道を突破。青海までたどり着いた。

14:07 青海駅


 信越本線にも「青海川」という似た名前の駅があって紛らわしいが、実は「青海」も「青海川」も共に、大和朝廷の命令で越国(現在の北陸地方)を征服したと伝えられる「青海首(おうみのおびと)」に由来すると言われている。

 青海から先は、市街地の中を走る。もう糸魚川は間近だ。

14:28 姫川橋


 姫川の河口付近にかかる姫川橋を渡ると、青海地区から糸魚川市の中心部に入る。この「姫川」という名は奴奈川姫(ぬながわひめ。後述)に由来すると言われ、国土交通省が公表している一級河川の水質現況において、1999年以降4回にわたって水質ランキング日本一にも輝いているという。姫の名に恥じない美しい川なのだ。しかし姫川は糸魚川静岡構造線の真上に位置するという特性上、その名に反して暴れ川としても知られている。1995年には集中豪雨によって大糸線の線路が押し流され、以降1997年まで、大糸線は南小谷―小滝間で運休を余儀なくされている。

14:48 糸魚川駅前(富山から85.43km地点)


 糸魚川は、静かで雰囲気のいい街だったように思う。北陸新幹線が開業した際にはここにも新幹線の駅が設けられることになっており、現在、既にそのための工事が進められている。


駅前に建つ奴奈川姫の像(逆光で見づらいですが・・・)

 「奴奈川姫」とは『古事記』に登場する名(「奴奈川地方(=現在の糸魚川付近)を治める女王」という意味で、個人名ではない)で、たいへん聡明で美しい姫だったという。そしてある日、その姫の噂を聞きつけた出雲の大国主命が、姫に対して求婚をしにやって来た。奴奈川姫は、大国主が求婚をした「翌日」にこれを受けたと伝えられる。
 この神話は、古代出雲政権が越国を支配下に置いたことを意味するものと解釈するのが一般的で、事実、北陸地方には、出雲との交流があったことを示す遺跡が多数発見されている。
 なお、その後の奴奈川姫と大国主の関係については、『古事記』には何ら記されていない。一説によれば、やがて大国主と不仲になって故郷に逃げ帰り、自害したという(これは出雲の支配に対する越国側の抵抗を意味しているのだろうか)。また、諏訪大社に祀られている「建御名方神(たけみなかたのかみ)」は、奴奈川姫と大国主の間に生まれた子だと伝えられている。建御名方神は『古事記』の「国譲り神話」に登場する神で、天照大神の使者・建御雷神(たけみかずちのかみ)が大国主に対して国譲りを要求した際、これに反対して建御雷神に力比べを挑んだ。しかし建御名方神は負けて逃げ出し、姫川を遡って諏訪の地まで落ち延びたもののそこで追い詰められた。建御名方神は、諏訪の地から出ないことを条件に命を助けられた――と伝えられている。


 糸魚川駅前からしばらく県道を進むと、市街地の外れで国道8号線に合流する。そして梶屋敷を過ぎると、再び、海を間近に望みながら走る区間に入る。



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