奥州水沢「姉体」探訪ルポ

 岩手県には「姉体」(あねたい)なる地名があるらしい――。
 私がこんな情報を掴んだのは、今から5年以上前だったと思う。どこかのサイトで、「佐賀県神埼郡千代田町には『姉』という地名がある。バス停もある」という趣旨の情報と共に、この「姉体」も紹介されていた、ような気がする。それ以来、いつか機会があれば訪問してみたいと思いつつ、機会に恵まれないまま、年月は経過していった。そこで、今年(2010年)夏休みの東北・北海道鉄道旅行に際し、この地を訪問することに決めた。

 まず、「姉体」の所在地を明らかにする必要がある。
 「姉体」は、岩手県奥州市水沢区(旧・水沢市。ここでいう「区」とは、合併特例法に基づき設置された地域自治区のこと)に所在し、陸中折居駅から水沢駅にかけての東北本線の線路から2~3kmほど離れた北上川の西岸一帯が「姉体町」と呼ばれている。このうち一部区域では土地区画整理事業が行われ、事業が施行された区域は「上姉体」1~3丁目の地名が付されている。「姉体」や「上姉体」という地名の由来については、追って触れることにしたい。


周辺の地図。(Yahoo!地図の画像をもとに作成)

 2010年8月19日(木)。北上で一泊した私は、北上市内で郵便局を2局訪問してから、北上駅9時54分発の一ノ関行き電車に乗車した。東北地方でおなじみの701系電車だが、東京の通勤電車と全く変わり映えのしないロングシート車で、旅情とは程遠い。
 六原、金ケ崎と各駅に停車し、10時09分、水沢駅に到着。途中停車した金ヶ崎駅では、駅名標のローマ字表記“Kanegasaki”が“anegasaki”に見えてしまい、自分はもはや末期症状なのだなと思い知らされる。
 目指す姉体町までは水沢駅からでもかなり距離があるため、自転車を利用するのが便利だ。幸い、水沢駅構内にある観光案内所で、レンタサイクルの貸し出しが行われている。料金は4時間で300円。ただし貸出時には保証金込みで1000円が必要で、返却時に1000円から利用料金を差し引いた額を返却するとのこと。14時過ぎまでに戻ることにして1000円を支払い、自転車の鍵と周辺の地図を受け取る。

 水沢の市街地を走り抜け、跨線橋を渡って東北本線の線路の東側に出る。橋を下ったところが国道4号線との交差点で、ここを右折して国道4号線に入り、東京方面に少し進むと、国道343号線が左に分岐することを示す案内表示が現れる。案内表示に従って左折し国道343号線に入ると、交通量は減る代わりに道幅も狭くなる。それでも始めのうちは路肩も広く、かつ歩道も一応設置されていたため走りやすい道だったが、やがて路肩も歩道も姿を消し、車が脇を通り過ぎていくたびに怖い思いをさせられる羽目になった。
 そんな国道をしばらく進んでいくと、やがて進路前方の左側にローソンが見えてくる。このローソンの辺り――厳密に言うと国道の西側が、土地区画整理事業が施行され「上姉体」という地名の付けられている一帯なのだ。そして、ローソンが建つ交差点には、「水と緑の街 マイアネタウン MY ANE TOWN」と書かれた看板が立っている。



↓↓ちょっと拡大


 マイアネタウン
 MY ANE TOWN

 直訳すると、「私の姉の町」。

 そう、土地区画整理事業が行われている「上姉体」地区は、奥州市土地開発公社が「マイアネタウン」の名称で宅地を売り出しているのだ(参考:奥州市土地開発公社ホームページ)。さらに、公社のホームページでは、「未来へ羽ばたく夢と幸福の街マイアネタウン」というキャッチコピーが付けられている。

 まずは、交差点のところにある「姉体郵便局」を訪問し、旅行貯金をする。それから、辺りを自転車で回ってみる。

マイアネタウン総合案内板

マイアネタウン(ロゴ)
「マイアネタウン総合案内板」。ロゴマークもあるようだ。

姉体郵便局

姉体郵便局(2)
姉体郵便局。

上姉体幼稚園入口
「奥州市立上姉体幼稚園入口」の看板。

マイアネタウンバス停
「マイアネタウン」バス停。奥州市が運行するコミュニティバスの停留所。

上姉体三丁目
「上姉体三丁目1」の看板。

 ところで、やはり気になるのは、「姉体」という地名の由来である。これについては、実は、平安時代の朝廷における藤原氏と菅原氏との権力闘争と関係がある。すなわち、菅原道真は901(昌泰4)年、左大臣藤原時平らの策略により大宰権帥として九州に左遷されたが(「昌泰の変」)、このとき、道真の夫人と3人の子供も奥州胆沢郡へ流罪とされた。そして、夫人が配流された場所が「母体」(もたい。現・奥州市前沢区。「母体」という地名も前沢区に現存する)、長女吉祥姫が配流された場所が「上姉体」(現・姉体町の北部)、次女梅枝姫が配流された場所が「下姉体」(現・姉体町の南部)と呼ばれるようになった、と伝えられている。(参考文献:『日本歴史地名大系 第三巻 岩手県の地名』平凡社、1990年刊)

 要するに、「姉体」という地名は、この地に落ち延びてきた菅原道真の娘たちに由来するのである。だとすれば、この地に「菅原神社」があるというのも、納得のいく話である。その名の通り、祭神は菅原道真である。

菅原神社
菅原神社

 なお、前述の通り、姉体町のうち土地区画整理事業が施行された区域は「上姉体」という地名が付されているが、これは要するに、古来の地名の復活である。土地区画整理事業が施行された地域では往々にして、その土地の歴史とは全く関係のない、不動産会社受けするような新奇な地名が付けられることが多い(私の住んでいる地域も同様で、「大牧」や「大間木」といった伝統的な地名が潰され、「東浦和」などという地名になってしまった)。そのような中にあって古来の地名を復活させた担当者の判断は、賞賛に値するというべきであろう。

ローソン水沢マイアネタウン店
(おまけ)ローソン「水沢マイアネタウン店」のレシート(一部画像処理しています)

                    *

 正午過ぎにマイアネタウンを後にし、国道343号線を南下して「姉体」バス停のある地点に向かう。辺りは一面水田ばかりだが、所々に公共施設が点在し、コミュニティバスのバス停が設けられている。

姉体小学校前
「姉体小学校前」のバス停。

農協姉体支店前
「農協姉体支店前」のバス停。
なお、バス停の前には確かに農協の支店があったが、名称は「姉体支店」ではなく、「水沢南支店」となっていた。残念。

水沢区姉体
「国道343」と書かれたおにぎり看板の下に「水沢区姉体」の文字が。

                    *

 のどかな国道をしばらく進むと、やがて陸中折居駅へ向かう県道197号線が右に分岐することを知らせる案内表示が現れる。そして、この県道が分岐する交差点で左折して細い道を少し進んだ場所に、岩手県交通の「姉体」バス停があった。

県交「姉体」バス停

県交「姉体」バス停(2)
岩手県交通「姉体」バス停。

 バス停は商店の軒先に遠慮がちに佇んでいたが、周りの風景と相まって、かえって「田舎のローカルバス」のバス停の雰囲気を醸し出している。だが、バス停のポールの右側に目をやれば、「アイオン台風洪水位 昭和23年9月15日」と「カスリン台風洪水位 昭和22年9月16日」とが記された水色の標柱が立ち、それぞれ大人の腰から胸くらいの高さの水位が示されている。自然は人間に恵みをもたらす一方で、時に人間に対して牙を剥く。人間の力ではどうすることもできない自然の猛威の記録を前に、改めて慄然とさせられるのであった。

洪水位標柱
左がアイオン台風洪水位、右がカスリン(カスリーン、またはキャサリンとも)台風洪水位。

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